成長コラム One Point Column

Doing連載魅力経営のヒント
第16回目:真のプロフェッショナルへの道 (2010年11月号)
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■スペシャリストがハマってしまう落とし穴とは?

 以前、ある研修会社の経営者Aさんの相談に乗ったときのことです。
Aさんはある会社で十数年トップセールスマンとして数々の記録を樹立し、独立された方でした。Aさんの研修は評判で、業界の平均額の3倍以上の研修費にも関わらず、大企業のみならず中小企業からも依頼がひっきりなしに来ていました。

 会社の経営状態は順調でしたが、実はある問題を抱えていました。それは、人が育たないことと、退職率が極めて高いことでした。様々な業種のトップセールスマンがAさんに憧れて転職してきましたが、全員が一年もせず去って行きました。

 そんな現状を打破して一気に会社を伸ばすために、Aさんはあるコンサル会社の役員を経営幹部として招きました。しかし、その方も一年半で去って行きました。一時期は20名いたスタッフも残ったのは、新卒から入社している2年目の女性と事務のバイトの年配の女性の2名だけの10分の1でした。

 当時、Aさんはこんなことを話していました。

「みんなメンタルがホント弱い。というか、そもそもやる気がないんだよ。全然努力していなし。プロとしての自覚がないんだよな。」

 そんなAさんに私は、「社員と関わるときに、どんなことが大切だと思いますか?」と聞いたところ、こんなことを話してくれました。

「俺は、ひとりひとりに『実力の背番号』というのがあると思っている。日本人全員の仕事力が実力ランキングとして、トップの1番から最下位の1億2千万番目まで並んでいる。そのランキング上位者は、下の者を操作することができるんだよ。だから多くの人たちは、一部の上位者に操作されて生きている。自分が上位になれば、仕事なんてカンタンさ。結果なんてすぐに出る。だから俺は、社員には実力ランキングの上位者になってほしいと思っている。」

 この話しはいろいろな意味で衝撃でした。確かにAさんは、企業研修では突き抜けていました。きっとAさんのいう上位者だったので、仕事ができたのでしょう。しかし、Aさんのランキング理論が正しいのであれば、社内のスタッフたちを操作して、良い結果を出させていたはずです。実際は、実力のあるスタッフたちは去っていき女性二人だけ残る、というのは何ともおかしな話しです。私は、このAさんから大切な3つのことを学びました。

 1つ目、人は自分の事が見えていない(分かっていると思っている)。
 2つ目、人は自分が正しいと思っている(正しいと思っていたい)。
 3つ目、人は自分と同じ事を他人に求めてしまう(それが正しいと思っている)。

 特に、専門職や特別な技術がある「スペシャリスト」と言われるような方ほど、この3つに陥りがちです。
 先日ある内科クリニックの先生の相談でこんなことがありました。

「うちの勤務ドクターの一人に、腕は確かなのですが、患者さんからあまり(対応の)評判が良くない人がいます。いずれ独立を考えているようなのですが、何を言ってもダメなんです。本人は、今は独立の準備をする時期なので、独立したら自分のクリニックでやればいいと思っているようです。そのときやればいいから、今はやる必要がないという感じですね。彼には、良くなってほしいので、色々とアドバイスするのですが、全く聞く耳がありません。」

 今やろうとしない人は、いざと言うときにはできないものです。そのドクターは、患者さんにどこまで不快な思いをさせているのか見えていない、分かっていないのでしょう。さらに自分は勉強の時期だから、患者さんへの対応を改善するのは後で十分。そんな自分が正しいと思っているわけです。そして色々とアドバイスをしている先生ご自身は、自分と同じ事を強く求めてしまって、そのドクターをますます頑なに心を閉じさせているのです。


 今までの時代は、技術に長けたスペシャリストであれば何も困りませんでした。しかし今は、時代の変化により、それだけでは不十分になりました。それは、トータルで選ばれる時代になったからです。スタッフ、患者さん、お客さん、仲間に「あなたしかいない」と選ばれる人を「プロフェッショナル」と言います。
これからは、プロフェッショナルになること、プロとしての自覚で仕事に向き合うことが、当然のように求められているのです。

 では、そもそもプロフェッショナルとは何でしょうか?

 

■真のプロフェッショナルの2つの要素

 これからの時代に求められているプロフェッショナルとは、「才人」として才能を発揮し、「徳人」として周りを幸せにしていること、この両方を兼ね備えている真のプロフェッショナルです。

 「才人」とは、能動的な自力型のスペシャリストです。人の助けを待たず、独力で人生を切り拓こうとします。発想の転換が早く、隙がありません。自分と同じことを他人に求めがちで、人を育てるのは苦手です。自分のパワーで人生を展開させようとし、「神輿を担ぐ」タイプです。

 「徳人」は、受動的な他力型のジェネラリストです。人に助けられて、人生が切り拓かれていきます。抜けているところがあり、隙があります。全体像をつかんだり流れを読むのが得意。さらに聴き上手なので、人望があり人がついてきます。周りからの引き立てや助けが得られて「神輿に乗る」タイプです。

 今までは、才人か徳人か、そのどちらかで十分でした。しかしこれからは、その両方を兼ね備えた真のプロフェッショナルが求められてくるでしょう。
では、どうしたら才人と徳人の両方を兼ね備えることができるのでしょうか?

その第一歩が、この3つの姿勢で働くことです。

 1)しなければならないことをする。
 2)当たり前のことをちゃんとする。
 3)360度「いつでも、どこでも、誰にでも」同じ姿勢

 

■1)しなければならないことをする

 世の中には、神の手を持つ医師、偉大な発見をする科学者、何百年も人々を楽しませる芸術家、世界の常識をひっくり返すような事業を成功させるビジネスマンなどの「天才」と呼ばれる人たちがいます。彼らは、生まれながら「才能(スキル)」に恵まれている、と思われがちですが、実は「天才」と「才能」は似て非なるモノなのです。
 天才はなるものですが、才能は気づくものです。もっと正確に言えば、天才は結果的になっていくものであり、才能はすでにあるものに気づいて磨いていくものです。これを英国の政治家で詩人のオーウェン・メレディスは、こう言っています。

 Genius does what it must, and Talent does what it can.
 (天才はしなければならないことをし、才能ある人はただできることをする)

 天才は「must(しなければならないこと)」をし続けている人。
 才能ある人とは「can(自分ができること)」をしていく人です。

 つまり天才とは、目の前の事に突き動かされてやっていくことで、目覚めていくものです。次々に迫ってくる「せざるをえない」連続の中で、単なる義務感で動くのではなく、熱意と情熱ある使命感に突き動かされていく感じに近いでしょう。ゆえに歴史上に名を残す天才たちは、好ましくない環境から生まれてくる人たちが多いわけです。
 一見、恵まれない最悪な環境こそが、実は最も恵まれている最高の環境なのです。目の前のせざるをえない事を突き付けられ、それを乗り越えていくなかで天才になっていき、さらに秘められた才能が開花していくわけです。
 つまり「才人の道」は、目の前のしなければならないことを、とことんやっていく道なのです。

 4~5年前から、統合医療で世界的に活躍されているB先生と仲良くさせていただいています。B先生は、世界中の大富豪やいくつかの王室の医療顧問をしていたり、世界中で最先端の医療研究をしているドクターから信頼され、日々たくさんの相談を受けている方です。
 以前B先生に、なぜそんなにできるようになったのか聞いてみると、こんなことを笑いながら話してくださいました。

「もともと私はできるタイプではなかったんだよ。周りには本当に優秀なドクターばかりいてね。私ができたのはわずかばかりの英語、あとは勇気が少しあったくらいかな。だから、相談を受けたその都度、その都度、徹底的に調べたり、とことん研究したんだよ。その人によくなって欲しい一心でね。毎回が真剣勝負だったね。するとさぁ、不思議なことに治療方法がふっと思いついたり、たまたま手に取った専門書にヒントがあったり 、たまたま電話をかけてきた友人のドクターから教えてもらったりしたんだよ。そんな奇跡的な連続があって、ふと気づいてみたら、今みたいな感じになっていたんだよね。い~やぁー、運が良かったとしかいいようがないね。ハハハ…(笑)」と。

 目の前の人に、自分がしなければならないことに熱意を持って、できうる最善を尽くす。
  この連続が、「才人の道」です。

 

■2)当たり前のことをちゃんとする

 サッカーの元日本代表選手で、日本代表監督、日本サッカー協会の会長から最高顧問まで務めた故・長沼健さんがプロフェッショナルについてある講演会でこんなことをお話しされたそうです。
「サッカーが上手になるためには、大事なことが2つある。それは『あいさつ』と『整理整頓』です。」
すると、ある方が長沼さんに、こんな質問をしました。

「あいさつや整理整頓ができなくても、サッカーが上手になる人だっているでしょう。」続いてもう一つ質問が出ました。
「あいさつや整理整頓ができる人でも、サッカーが上手になれない人はいますか?」

 さて、長沼さんは、何と答えたでしょうか?間髪いれず、こう答えたそうです。
 
「いません。絶対にいません。何千人という選手を育ててきましたが、サッカーが上手になる人は、必ずあいさつと整理整頓がきちんとできる人なのです。なぜかはわかりません。」

 この話を聞いて「同じですね。私たちの世界もそうです」と言った人がいるそうです。それが、昔9年連続優勝した巨人軍の川上哲治監督です。野球の世界でも同じです。
また日本の教育界に多大な影響を与えた教育学者の森信三さんは、日本の家庭で行われてきた躾をたくさん集めて研究しました。そして、躾に大切なことを「しつけ3原則」として発表しました。

一、毎朝必ず、自分からあいさつをする。
一、名前を呼ばれたらハッキリ返事をする。
一、履き物は並べ、席を立ったら椅子は入れる。

 長沼健さん、川上哲治さん、森信三さんの話しは共通しています。もちろん、これは仕事でも一緒です。
 上場企業の経営者や県知事、そして人徳があると絶賛されているような徳人・経営者のみなさんが師匠と仰ぐ大久保寛司さんも、素晴らしい会社の3つの共通点に以下を挙げています。

1)みんな自ら動いている
2)あいさつがしっかりできて、事務所がキレイ
3)雰囲気が明るい

私も多種多様な1000社以上の企業と触れてきましたが、全く同感です。先ほどの長沼さんのあいさつと整理整頓に話しに戻りますが、これらが「徳人の道」のヒントになっています。

あいさつ上手は、「人」との付き合い上手です。
整理整頓上手は、「物」との付き合い上手です。

あいさつとは、相手の心を察して動くことです。だから先読みと、気配りができます。
整理整頓とは、今必要な物だけに囲まれることです。不要な物はすぐ捨てるか片づけます。

あいさつ上手は、愛され上手です。ゆえに、人から応援されるのです。
整理整頓上手は、生き方上手です。ゆえに、今すべきことが分かるのです。

 徳人とは、「人」と「物」を大切にする「人物」です。徳人の優秀さはとは、有能なことではありません。優秀とは能力ではなく、「優しさに秀でる」という思いやりの深さのことだからです。目の前の人と物に、思いやりを持って愛と誠を尽くす。この連続が、「徳人の道」です。

 

■3)360度「いつでも、どこでも、誰にでも」同じ姿勢

 「才人」と「徳人」の両方を兼ね備えた真のプロフェッショナルは、360度「いつでも、どこでも、誰にでも」同じ姿勢です。

 私が20代前半の頃、「スジャータ」で有名な、めいらくグループ代表取締役会長の日比孝吉さんとお会いしたときのことです。どこの馬の骨か分からない私に1時間の約束を3時間以上とっていただき、普段はお話しされていないご自身の貴重な体験や、今までされてきたことや、経営の本質などを、惜しげもなく教えてくださいました。
 その中で全ての人に対してのおもてなしの姿勢を「迎え三歩、送り七歩」とお話し下さいました。来てくださる方には三歩前に進んでお出迎えをし、お帰りの際はもっと大事で、七歩前に進む気持ちでお見送りをするということです。

 この日、たくさんお話をして頂いただけではなく、帰る際には持ち切れないほどのお土産も頂きました。この日は一日中、土砂降りの雨だったのですが、タクシーを呼んで下さっていました。私はそのタクシーに乗って出発し玄関から出ると、日比会長が傘もささずに門の外まで出て、深々とおじぎをして下さっていました。それも角を曲がって見えなくなるまでずっとです。初対面の私に、そこまでして下さったわけです。日比会長の雨に濡れながら深々と背中を丸めていた、あの光景が今でも忘れられません。

 話しは戻りますが、日比会長とお会いする前、本社で工場見学をさせていただいたのですが、どの方も明るく丁寧なあいさつをしてくださいました。その中でも、途中立ち寄ったある事務所の年配の女性のおじぎが、超一流ホテルの素晴らしいおもてなしの雰囲気に包まれていました。もちろん対応も丁寧で素晴らしかったです。
 めいらくグループの社是である「報恩・奉仕・繁栄」を会社の在るべき姿にして、「互いに素直に信じあい助け合っていこう」というのが合言葉なのだそうです。
 何度も繰り返しますが、20代前半のどこの馬の骨かわからない私に対してみなさん同じように接してくださいました。まさに360度「いつでも、どこでも、誰にでも」同じ姿勢でした。

 一方、6~7年前のことです。ある日私は、名古屋のある企業で、幹部向けのコミュニケーションの研修をやっていました。そのときのテーマは、「いかに相手の立場に立つか」で研修は大成功でした。
研修後の予定が急遽変更になり、私はその日の最終で、東京に帰ることになりました。その日は、連休の前日ということもあり、グリーン車も含めた全ての指定席が取れませんでした。そこで諦めて自由席で行こうかと思い、チケット買ってホームに行きました。すると、東京方面行きのホームは人で大混雑。立って帰ろうと諦め、比較的空いていそうな所を選び並んで待っていました。その間にも、人は増える一方。ようやく新幹線が到着し、私は車両の真ん中ぐらいに進み、通路に立ちました。車両は年末年始のUターンラッシュのような超・激混みの寿司詰め状態。そんな混み具合に、みんなかなり苛立っている様子でした。
 そんな時に、事件は起きたのです。出発してすぐに、無性にトイレに行きたくなってしまったのです。車内のトイレに行こうとしても、両サイドどちらも人でいっぱいで、全く身動きがとれません。仕方なく、東京までの1時間半を我慢することを決めます。
 1時間が経過した頃、やはりどうしても我慢できずに、途中の品川駅で降り、トイレに走りました。すると、トイレの前には、長蛇の列が…。そういう時に限って、「工事中でご迷惑をおかけしております」との看板が張られていました。何とか必死にこらえて、ようやくトイレ室内に入っていくと、とてつもない異臭が立ち込めていました。そのときです。トイレの個室側から「オエーッ!ウ、ウオエーッ!」と吐く声が聞こえたのです。もう、私の中で、何もかもがピークに達していました。

「もう!なんだよ。そこまで飲むなよ!ホント最悪だなぁ!!!」と、思ったその瞬間でした。私の後ろの方の人が、ボソリと言ったのです。

「あぁ、あの人もつらいんだねぇ」

「え!?」その瞬間、頭に雷が落ち、全身がしびれました。
「あぁ、俺は何やってたんだろう・・・。幹部研修で、コミュニケーションの真髄は相手の立場に立つことで、いかに相手の気持ちを知ろうとするかが大事です。だから、スキルよりもスタンスがはるかに重要だ…、という研修をやっておきながら、自分がトイレで苦しんでいる人に対して、まったくできていなかったじゃないか!あの人の気持ちを、一瞬たりとも感じようともしなかった…。ホント、俺はなにやっているんだろう!研修なんかする資格ないじゃないか」と強く反省したのでした。

 あの時の私は、360度「いつでも、どこでも、誰にでも」という姿勢からは程遠いところにいました。人は自分が苦しいほど、自分の言動を正当化したくなったり、言い訳しようとするものです。しかし、それでは何の進歩、向上、発展もしません。そこには愛も思いやりもありません。
 私の後ろにいた誰かは、あの人の苦しい気持ちを、思わず口にするほど感じていました。あの一言は、私の心の闇に光をさしてくれました。

 「才人」と「徳人」の両方を兼ね備えた真のプロフェッショナルになるには、以上の3つが重要です。

1)しなければならないことをする。
2)当たり前のことをちゃんとする。
3)360度「いつでも、どこでも、誰にでも」同じ姿勢。

 しかし、この3つに加えて、ある視点が加われば、真のプロフェッショナルの道がぐっと近くなります。その視点とは、「相手から見る」という相手側から検証・改善することです。

 

■プロフェッショナルには、相手側から視点が必須

 某メーカーさんの話しです。品質管理部で重大なミスが発覚しました。しかも会社存続に関わるミスでした。経営者の早急な判断と対応で事なきを得ましたが、ミスが起きたのは組織体制がしっかり機能していなかったからでした。そこで、その経営者の方からのご依頼で管理部の組織の再構築と仕組みづくりをすることになったのです。
 関係者の話しを徹底して聞いてみると、原因の原因は部長Cさんの伝達ミスでした。Cさんは超一流大学出身で非常に仕事ができる方でした。Cさんの言い分は、「今回の問題が起きる以前から、ある問題に気づき担当者であるDさんに指示していた。しかし、それが修正させていなかった。だから、今回のミスは、その担当者Dさんがやらなかったことが原因だ」というわけです。
 そこで担当者Dさんにも直接事情を聞いてみると、部長Cさんが指示した内容とDさんの言い分が食い違っているのです。それをまた部長Cさんに聞くと、「そんなはずはない。私はしっかり伝えた」の一点張り。今度は、担当者Dさんは「私は聞いていません」の一点張り。

 この企業だけではなく、ほとんどの組織にあてはまることですが、コミュニケーションの問題が起きる場合の多くが「言ったつもり」です。
「つもり」が積もると罪(ミスに)なります。大事なのは「どう伝えたのか?」ではなく「どう伝わったのか?」「相手はどう受け止めているのか?」「相手はどう見ているのか?」それを確認することが重要です。

 多くの経営者の方々の悩みを聞いていると、「言っても全然やらない」「言われたことをやるのが最低限の仕事だ」「それは業務命令だからやって当然だ」という言葉をよく聞きます。しかし、正しいことを言うのが正しいとは限りません。正しく伝わるように行動するのが正しいのです。なぜなら、人はそもそも言った通りには、動かないからです。

「もっと頑張ろう」と言っても努力しません。頑張れ!と聞いて頑張れる人は、頑張れと言わなくても頑張っている人です。ほとんどの人が「頑張れ」と言われるほど、やる気を失っていきます。「勉強しなさい」と言われた子供が、勉強する気をなくすのと一緒です。
プロフェッショナルがすることは、頑張りたくなるような、夢や希望が持てるような、モチベーションが上がるような話しをすることです。

「ミスをなくそう」と言っても減りません。ミスをするのは確かに意識の問題もありますが、それ以上に外的環境の影響が多いからです。ミスは別なことに意識が向いている時か、無意識の時に起こります。だから、意識を向ける工夫をするか、無意識を意識化して改善する仕組みをつくるしかありません。
プロフェッショナルがすることは、ミスがなくなるような環境を作ることです。

「いい人生にしよう」と言っても反発するだけです。特に何か本を読んだり、研修やセミナーに参加して熱くなった状態のまま、スタッフみんなに共有しようとすればするほど、周りはさーっと冷めていくものです。きっとスタッフは顔では「いいですね」と言っても、腹の中では「また始まった…」と面従(めんじゅう)腹背(ふくはい)している場合がほとんどでしょう。
プロフェッショナルがすることは、自分がまず実践し続けて、魅力的で信頼される生き方をすることです。「万の説教よりも一の見本」です。

いざというときに、相手にどんなことをどのように伝えるかよりも、普段、自分の事が相手にどう伝わっているのか?その事実のほうが遥かに重要です。
プロフェッショナルとは、相手側から見ることができる人です。どう伝わっているのかその事実を検証し続けながら、自らの言動を修正・改善していける人です。

 

■プロフェッショナルのコミュニケーション

 特に、話している最中、気持ちよかったり、話し終わった後、スッキリしていたら要注意です。それは、おしゃべりです。おしゃべりとは、自分が言いたいことを言うことだからです。

三流は、自分が言いたいことを、自分が言いたいように相手に言います。
二流は、自分が伝えたいことを、相手が聞きやすいように伝えます。
一流は、相手に今必要なことを、相手が聞きたかったように伝えます。

 そもそも、どんなに表現力を磨いても、人は“良い誤解”か“悪い誤解”をするものです。ならば“良い誤解”をされるような生き方をするしかありません。
コミュニケーションの9割は、本人の普段の姿勢と一挙手一投足で決まっています。伝えようとする前に、伝わっているのです。

普段から、信頼されるような働き方と生き方をしているか?
相手のことを100%理解するまで、最後まで思っていることを聞き切ったか?
今週は、今日は、今は、信頼が増えるような言動をしているか?

相手が自分勝手な言動ばかりをするなら、それは自分勝手になるように順調に育てた結果です。そんな相手をこちらの都合で、自分勝手に力ずくで変えようとすれば、相手はますます順調に自分勝手に育っていくでしょう。
もし、そのような状況を変えたいのであれば、相手側の視点から検証しながら、自分で自分の言動を変えるしかありません。

そして、ここで大切なことがひとつあります。
見えない世界を見る感性と、聞こえない声を聞く感性を磨くことです。どこまで感性を磨くかが、コミュニケーション質を決めるからです。

そもそも言葉は「頭の言葉、心の声、魂の声」の三重構造になっています。言葉の奥に、「心の声(本音、本心)」があり、さらにその奥に「魂の声(本人も気づいていない願望、潜在意識が望んでいること)」が隠れています。言っていることと本音が違うということは誰しもが経験します。だから表面の言葉にとらわれているうちは、仕事のミスや人間関係のトラブルが起きるのです。

成長するとは何か?

それは感性を磨いていくということです。
見えないモノが見えるようになり、聞こえないコトが聞こえるようになっていくということです。言われずとも相手の心を察して、事が起きる前に対処することで「先天無形のうちに弭化(みか)する」ことができます。
プロフェッショナル度は感性度によって決まります。
そして、感性度によって仕事の完成度が決まっていくのです。

 では、どうすれば感性を磨けるのでしょうか?

感性というと生まれつきのセンスのように思われがちですが、誰でも、どんな年齢でも、いつまででも磨くことができます。そのための方法はたくさんありますが、万人共通で根源的なのが「決意」することです。実は、感性は決意によって比例します。

 

■プロフェッショナルの誓い

真のプロフェッショナルとしての感性を磨くには、ふさわしい生き方を誓うことです。
まずは自分が目指す理想的な生き方や働き方の誓いを立てればいいのすが、ここでは参考に「ヒポクラテスの誓い」をご紹介します。

 「ヒポクラテスの誓い」とは、医学の父と呼ばれた紀元前400年の古代ギリシャの医師・ヒポクラテスの考えにのっとってつくられた医師としての心構えであり、医神の神々に宣言する誓いの言葉です。
「ヒポクラテスの誓い」の中の『医』を「仕事、人生、家事、子育て」、『患者』を「顧客、仲間、家族」に置き換えれば、さらに深い生き方が見えてくるでしょう。

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<ヒポクラテスの誓い>
医の神アポロン、アスクレピオス、ヒギエイア、パナケイア、及び全ての神々よ。私自身の能力と判断に従って、この誓約を守ることを誓う。

1、医の実践を許された私は、全生涯を人道に捧げる。

2、恩師に尊敬と感謝をささげる。

3、良心と威厳をもって医を実践する。

4、患者の健康と生命を第一とする。

5、患者の秘密を厳守する。

6、医業の名誉と尊い伝統を保持する。

7、同僚は兄弟とみなし、人種、宗教、国籍、社会的地位のいかんによって、患者を差別しない。

8、人間の生命を受胎のはじめより至上のものとして尊ぶ。

9、いかなる強圧にあうとも人道に反した目的のために、我が知識を悪用しない。

以上は、自由意志により、また名誉にかけて厳粛に誓うものである。
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そもそも、プロフェッショナルの語源は、ラテン語の“professus”で「神様に愛の誓いを立てて、慎み深い気持ちで働くこと」という意味です。
ここでは「神様への誓い」とありますが、天(世の中)に対してでも、自分の潜在意識に対してでも、自分にしっくり来る対象でいいです。なぜなら「誓いを立てる」という行為自体が大事だからです。誓いをしながら働いていると、感度が高まり感性がどんどん磨かれていきます。

 

■すべては、光の呼び水となる

 しかし、感性を磨いてからではないと、経営できないということはありません。
修行を積んで何十年後かに、プロフェッショナルになるのではなく、もし今自分がプロフェッショナルだとしたら、どんな言動、立ち振る舞い、考え方、行動、発言をするのか?そう自らに問いながら、プロフェッショナルな自分に成り切って働き、演じ切って生きることです。
「Fake it,until you make it.(そうなるまで、できているフリをしよう)」です。

 しかし、仕事に追われているとプロフェッショナルの感覚が落ちて、ついつい作業のようにこなしてしまう時があります。しかし感覚が落ちるのがダメなのではなく、そのまま惰性に流されていることがもったいないのです。そういう時こそ、仕切り直して再スタートするために、誓い直すことが効果的なのです。
さらに、何度も何度も誓いを立てていると、その気持ちが極っていきます。するとあるとき神がかったように、突然ひらめきが降ってきます。しかし、自分の中にわだかまりや、黒い欲望や、何かを失う不安や人間関係へ不信感があると、そのひらめきを邪魔するのです。

自分の心の中が悪しき思いに支配れていると、それが世界にウツって見えます。ネガティブなモノばかりが目に飛び込んできます。逆に、自分の心の中が善なる思いでいっぱいであるならば、いい所、長所、強み、魅力、チャンス、ヒント、幸せ、出番、役割…が目にウツります。では、どうしたら心の中の悪しき思いを払い、善なる思いでいっぱいにすることができるのでしょうか?

それには、今の目の前のスタッフたちをまず100%信じると決めることです。すると、自然に心はキレイになっていきます。しかし、最初は心にたまっていた悪しき思いが心のゴミとして出てきます。信じても裏切られてしまうかもしれない恐怖心や、そもそも本当に信じて大丈夫なのかという猜疑心に襲われたり、自分の利益や好き嫌いや都合や効率を優先したくなったりするかもしれません。しかし、それは正常な反応です。いわば心と魂のデトックス(毒出し)している瞬間だからです。その時こそ再度、誓いを思い出すこと、誓い直すこと、Fake it(成り切ること)です。

孟子は「学問の道は他なし その放心を求むるのみ」と言いましたが、真のプロフェショナルの道は「放心の道」です。「放心する(自分の不満や不信などの悪しき思いを手放す)」ほど、自分と相手の境界線がなくなっていきます。相手の幸せが自分の幸せになり、相手の成長が自分の成長になってきます。そして、いつの間にか「放心の道」が「奉仕の道」へと変わっているのです。

当然、失敗することもあるでしょう。時として裏切られるようなこともあるでしょう。何をやっても不可能だと諦めたくなる時もあるでしょう。その時ほど、誓い直して原点に戻り、できることからやってみることです。昔から「一将功成りて、万骨枯る(数多の失敗の上に、一人の将校が生まれる)」と言われます。全ての闇は光の母になるのです。闇の一寸先は光です。
何か変わることを待っていても、何も変わりません。現状を変えるために、できることを探してみる。できる人からやってみる。それが光の呼び水となります。
と言っても、プロフェッショナルとして大事なことは、何も大きな仕事をするということではありません。目の前の仕事に、どれだけ大きな心で向き合えるのかが大事です。そんな自分に毎日に挑戦し続けられる人こそが、真のプロフェッショナルなのです。

現役歯科医師による歯科医院の為の経営マーケティングクラブ「Doing(ドゥーイング)」
小田真嘉の「魅力経営コラム」2010年11月号より