成長コラム One Point Column

Doing連載魅力経営のヒント

第18回目:経営道における心技体 (2011年1月号)
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■有名料理人の必殺技

 経済不安定のこのご時世、星付きレストランといえども経営難の飲食店もたくさんあります。しかし、その一方で予約もとれないほど連日満席のお店もあります。一体何が違うのでしょうか?

先日、東京都内にある有名なレストランに行ってきました。そのお店のオーナーシェフは独特のスタイルの料理を次々に作る方で、素材の個性を最大限に活かす料理だとメディアに何度も登場されている方です。国内はもとより、世界中からグルメ家や一流の料理人たちが通っているようですが、1カ月前にあるテレビで特集され、さらに人気が爆発。連日満席でなかなか予約が取れないとのことでした。

ダメもとで電話したところ、偶然にも個室がキャンセルになったということで予約が取れ、先日行ってきました。
注文したのは6皿のお任せコース。前菜から始まり4皿目、5皿目と、どの料理も評判通りの素材を活かしたすばらしい料理でした。食べていくほどテンションが上がっていき、次の料理への期待も同時に高まっていきました。そして最後のメイン料理。
最後の一皿が目の前に運ばれ、その料理を見てみると、そこには、大根のソテーがひとつ。その上には「あるソース」が乗っていました。実はそのソースこそが、先日テレビでも大きく特集され、シェフを世界中に一躍有名にした得意のソースでした。私のテンションも最高潮に!そして期待いっぱいに、一口食べてみると・・・。

 「ん!?」

なぜか、バターが強すぎて、大根の甘みもうま味も全く消えてしまっています。得意のソースも大根に合っているとは…、残念ながら感じませんでした。これは、あくまでも私個人の味覚によるものですが、フルコースの6品中、一番最後が一番残念な料理になってしまいました。

 帰り際に、サービスの方と話していると、先日のテレビに特集されてから、特にあのソース目当てで来店される方が多いとのこと。その瞬間、ある人の言葉を思い出したのでした。


■41連戦すべて一本勝ち!ロシアの英雄になった日本人

 私が高校生の時のことです。当時の私は格闘技にハマり、特に初代タイガーマスクの佐山聡さんの大ファンでした。佐山さんの本を片っぱしからむさぼり読むなかで、ある所で目が釘付けになりました。
それは「僕(佐山聡)は、ビクトル古賀さんに数々の技を教えてもらった」というところです。ビクトル古賀さんのことは全く知らなかったので、電車で一時間かけて、県内で一番大きな本屋さんに行き調べてみることに。すると、ビクトル古賀さんが監修、佐山聡さんが著者の「これがサンボだ!」という本に出会ったのでした。
ビクトル古賀さんは、ロシアの国技で、柔道に似ている「サンボ」という格闘技の伝説のチャンピオンであり、41連戦すべて一本勝ちをし、世界選手権で何度も優勝したロシアの英雄になった日本人でした。
そんなビクトル古賀さんの洗練された技の数々が、その本には書いてありました。大興奮しながら何度も何度も読んでいるうちに、いつしか私にとってビクトル古賀さんは、神様のような存在になっていました。

 それから、月日が経ち、私は高校を卒業し、防衛大学校に進学しました。訓練や学業の他に、全員が運動部に所属することが義務だったので、私は迷った末に器械体操部に所属しました。
ある日のこと、いつものように体育館で練習していると、入口の方でずっと体操の練習をずっと見ている70歳くらいの男性がいるのです。防大体操部の監督は日本体育大学出身でオリンピックの強化コーチを務めた方だったので、体操関係者が頻繁に出入りしていました。しかし、その男性は体型から体操関係者には全く見えませんでした。
あまりにも気になり、監督のところに行き、その男性のことを聞きました。すると・・・。
「ああ、あの方ね。ビクトル古賀さんだよ」と言うのです。私はあまりにも驚き、監督とこんな話をしました。
「えええー!あのビクトル古賀さんですか?」「あの、って言われても・・・。小田は知っているの?」「いやいや、知っているも何も、私にとって神様ですよ」「神様!?」「何でこんな所にいるんですか?」「いや、古賀さんはボクシング部の監督なんだよ」「えー!?ボクシング部の?なんでボクシング部?いやいやそんなことより、なんであのビクトル古賀さんが防大に来ているんですか?」「古賀さんね。家が近いんだよ。防大のすぐ下に住んでいるんだよ」「えー!!も、もしよかったらビクトル古賀さんを私に紹介して頂けませんか?」「あ、いいよ」という流れから、ビクトル古賀さんと出会ったのでした。

「は、はじめまして…。私、ビクトル古賀さんの大ファンなんです!」「え、僕のこと知っているの?」「いやいや、知っているも何も、ビクトル古賀さんは私にとって神様ですよ。だって・・・」と言って、ビクトル古賀さんについて知っていることを一気に話しました。

すると「へぇー、ここ(防大)に来て、僕のことそこまで知ってくれている人に会うのは初めてだよ。」と言って喜んでくださいました。それからビクトル古賀さんと二人きりでいろいろとお話しさせていただくことになるのです。
幼少期からのロシアでの壮絶な体験、サンボや格闘技について、体を動かす秘訣・・・。惜しげもなくたくさんのことを教えてくださいました。どの話しも衝撃的で勉強になる話しばかりでした。しかし実は、私はどうしてもビクトル古賀さんに聞きたいことがひとつあったのでした。それは・・・。

 

■本当に強い人の「必殺技」とは、何か?

 その当時、私の中で強さへの憧れがありました。小柄なビクトル古賀さんは、ロシアの大男たちを相手に、秒殺で、しかも美しい技を次々に決め、日本で言えば「国民栄誉賞」のような「ソ連功労スポーツマスター」をロシアでもらうわけです。どうしてそんなに圧倒的に強かったのか?その強さの秘密と強くなる秘訣を知りたいと思っていました。私はその核心に迫るために、ビクトル古賀さんにこんなことをお聞きしたのでした。
「ビクトル古賀さんの必殺技は何ですか?」するとビクトル古賀さんは…。

「僕の必殺技?必殺技なんて無いねぇ~」

 ビクトル古賀さんは、ご自身の名前がついている「ビクトル投げ」というものが有名であり、必殺技が無いわけがないのです。無いと言われてもしつこく聞く私に、ビクトル古賀さんはこんなことをお話ししてくれました。

「必殺技とか得意技ってね。弱い選手が使うものなの。ほとんどの選手は、勝つために必殺技に持っていこうとして、負けるの。自分が必殺技を使うことばかりに意識が向いてしまって、その瞬間に肝心の相手が見えなくなるの。そこにスキができて、そこを相手に逆に決められてしまうわけね。必殺技で勝負を決めにかかるのは、必殺技に頼っているから。技に逃げるのは、(心が)弱い選手の共通点かな。僕の場合は、その瞬間の相手に合わせた技がとっさに出て勝っちゃうの。だから逆に言えば、出る技の全部が必殺技かな(笑)。まぁ、何が得意技で、何が不得意かなんていっているうちは、まだまだだよね」

 その後もいろいろとお話をしてくださったのですが、この話しがあまりにも衝撃過ぎて全く記憶にありません…。

 

■必殺技を使おうとした時、相手が不在になる

 このビクトル古賀さんのお話を、冒頭の有名レストランの帰る際に、ふと思い出したのでした。5品目までの料理は、確かに素材を最大限に生かしたとても美味しい料理でした。しかし最後の料理は、素材を活かすと言うよりも、素材の良さが完全に失われてしまった強引な技の料理だったように感じました。

 実は、テレビで紹介されていたのですが、そのシェフが料理の道に進んだきっかけが「大根」の料理だったそうです。私が最後に食べた6皿目は、周りから大絶賛され、期待されソースと、自信のある大根を組み合わせた、いわば一番の必殺技の料理だったと思うのです。
私が感じたのは、その必殺技に意識が向き、その瞬間に肝心の相手(素材とお客さん)が不在になり、そこにスキができてしまった。まさに勝つために使った必殺技で、負けてしまったように思います。食材に、料理に、メディアに、期待に、命に・・・。

そもそも、「必殺技(という意識)」は、どこから生まれるのでしょうか?
それは、過去の経験の蓄積です。つまり必殺技とは過去のものです。必殺技を使おうとしたとき、その人の心は過去に飛んでいます。今にないのです。目の前を見ているようで、過去の記憶を見ているだけ。だから今の目の前の相手が見えなくなる。不在になる。無関心、無関係になる。すると、気づくべきことに気づけなくなる。聞くべき声が聞こえなくなる。見るべきモノが見えなくなるのです。

これは剣の道でも「勝つには勝とうとしないこと」と言われることと一緒です。これを「離勝(りしょう)」といいます。過去にとらわれることも、未来に逃避することなく、只今(ただいま)に清く澄んだ心があれば、自分から強いてスキを見出して、勝とうとしなくても、自然にスキが心にうつり、勝ちは相手の方から与えてくれる。「勝とう勝とうが負けのもと。勝を求めずしての勝ちが向こうからやってくるのが離勝である」という教えです。

室町時代に鹿島新刀流の開祖で、剣聖とうたわれた塚原卜伝(つかはらぼくでん)という剣豪がいました。生涯に真剣勝負が19回、参加した合戦の場が37回。全戦無敗で、しかもほぼ無傷で212人の敵を倒し、生涯で負った傷は、槍のかすり傷を数度のみという剣術最強と呼び声高い方です。
塚原卜伝は、「絶対に勝つ」のではなく、「絶対に敗れない」ような戦いを常にしていたと言われ、数々の逸話が残っています。絶対に敗れないためには、先を見通す能力が必要であり、卜伝は先を見通す鍛錬をし続けていたと言われています。
地元の鹿島神宮に参拝すること千日にして神意を悟り、「心を新たにして敵に当たる」無心無欲の境地に至り、その後すぐに「見越しの術」を会得しました。その心をひとつの和歌として残しています。

「映るとも 月も思はず 映すとも 水も思はぬ 広沢の池」

月は水に映ろうとも思わないし、水もまた月を映そうとは思っているのではなく、無心で向き合っているという意味です。無心無欲の心の技である剣の真髄を訓(おし)えたのがこの歌であり、この無心の境地を剣の道では「水月の位」といいます。そして、この「水月の位」から繰り出されるのが「一の太刀」という鹿島新刀流の最大の奥義だと言われています。
月と水がひとつになった水月のように、邪念の波風が心に一切立たず静まった自分の心と相手の心がひとつになったところに、一太刀もまたぴったりと合うように引き出される技が「一の太刀」です。

 昔から武道においては、「心技体」とよく言われますが、「技心体」の順番ではありません。明鏡止水のごとき心が先にあっての技であり、その技に伴って体がスッと動くというのが「心技体」の本位であると言われます。
この「心技体」という教えは、どんな仕事においても全く同じだと思うのです。

 

■不振店を不死鳥のごとく繁盛店に変えてしまう「伝説の接客」

 3年ほど前から、ある大手アパレルメーカのお手伝いをさせていただいています。この不況の格安競争の中で、売上も右肩上がりで伸びている元気な企業です。
現場スタッフの販売員の中で、入社していきなり2年連続で平均販売額の2~3倍も売るスーパー販売員Aさんがいます。そんな順調なAさんでしたが、今年の夏を過ぎたことから急に入りスランプに陥っていました。一生懸命努力するほど、なぜか逆に売上がどんどん下がっていくのです。お客さん離れが進んでしまい、今まで通用していたことが、むしろ逆効果になっているようでした。Aさんも何かおかしいとは感じていましたが、具体的に何を改善していいのか分からず、とりあえず一生懸命接客をする日々。Aさんは非常に苦しんでいました。しかし、どん底のAさんにある転機が訪れます。それはY先生との出会いでした。
Y先生は、多業種にわたり個人のビジネスマンから上場企業の経営陣まで幅広く、意識改革と組織改革を指導されている方です。Y先生の合宿研修に参加したAさんは、自らを振り返り深く内省します。そして、Aさんは教わったことを愚直に実践し、翌月にY先生の次の研修を受講します。
Y先生はAさんの1ヶ月間の話しを聞いて、「ここ数年で、君ほど徹底して実践した者はいない」と非常に驚きました。そこでY先生はAさんにあることを伝授することにします。それこそが、つぶれそうな不振店を不死鳥のごとく繁盛店に変えてしまう「伝説の接客」でした。
実は、Y先生は十数年前に洋服販売の研修をしており、実際に何十店舗も蘇らせてきた経験を持つ方だったのです。今は意識改革を本業としているため「伝説の接客」は、誰にも伝授することなく、お蔵入りしていたのでした。しかし、Aさんを見込んだY先生は十数年ぶりに「伝説の接客」を直接伝授したのでした。
すると、Aさんは1カ月もしないうちに、驚異的な復活を遂げます。今までのスランプがウソだったように、3カ月目には平均額の5倍の売上となり、過去最高の販売売上になります。

 先日、そんなAさんから相談を受けました。相談内容は「結果は出ているものの、このままで本当にいいのでしょうか?実は、とても怖いんです」というものでした。私はAさんからY先生から伝授された「伝説の接客」を間接的に教えてもらいながら、Aさんの現状を聞いていきました。
Y先生から最初に教わったのは、こんなことだったそうです。

「全ての技術と知識を一切捨て、裸になりなさい。そして、お客さんと裸のまま向き合うこと。商品の説明をしようとしない。知っている知識を話そうとしない。売り込もうと一切しないこと。お客さんと話していて、気持ちよくなっていたら要注意だ!話す気持ちよさに酔っている時は、裸でお客さんと向き合っていない証拠。こちらが気持ちよくなっている時、お客さんの心はどんどん離れていってしまう。だからムリに販売しようとするな。接客の本当の意味は、目の前のお客さんの心に接近すること。こちらが鎧を着ていたら近づけない。全部脱ぎすてて近づき、相手の心とつながろうとしなさい。最初は雑談でかまわない。何も出てこなかったら天気のことでも何でもいい。そんな話しをしながら、とにかく相手を知ろうとしなさい。相手を知っていくうちに、自分と相手の心がひとつになっていくから、そこを目指しなさい。」

 実際、Aさんは半信半疑でやってみたそうです。すると、何が起きたのか?
お客さんと洋服の話しは一切せず、「ただ知ろう、つながろう」と努めたところ、お客さんが帰ろうとしたときに「ぜひ名刺ください」と言われたそうです。その1週間後にその方は再来店し、たくさん購入して行ったそうです。他にも、「すごく楽しかったわ。また来るね」と言ってお店を出ていったお客さんが、1時間後に「また来ちゃった」と笑顔で戻ってきて、購入していったそうです。一回当たりの購入単価は多少下がったものの、圧倒的に再来店(リピート)が増え、気づいてみれば、結果的に先月の2倍近くの売上になったのです。

 こうして順調なはずのAさんの悩みは、一体何だったのでしょうか?
それは、「手ごたえ(やった感)」がないことでした。こんなにうまくいっていいのか?このまま続けて大丈夫なのか?本当にこれでいいのか?手ごたえがないために不安と恐怖が生まれてしまっていたのでした。

 Y先生の「伝説の接客」とは、まさに「心技体」に沿っています。まず先に心ありき。裸で向き合うというのは無心無欲であり、お客さんを知ろうとする中で、お客さんの心が求めているスキマに、まるでパズルのピースがちょうどピタっとハマるように、自然と接客の技や商品知識が飛び出して、体がスーッと動くというわけです。

しかし、売上を上げるための接客や自分都合だけの接客をしていると、心が後まわしになって、力技を使うようになり「技心体」になってしまいます。ここで厄介なことがあります。それは確かに、力技を使うほど結果が出るようになりますが、同時に、手ごたえ、やった感、わざわざ感、達成感、満足感、高揚感も同時に得られ、それが中毒のようになってしまう場合があるということです。「技のダークサイド」ともいうべき魔界の領域に踏み込んでしまったら、さらなる効果的な技を求め、それと同時により刺激的な手ごたえも求めていきます。そのウラ側で、心が確実に失われていくのです。
そのような状態で、今まで、「技心体」の順でやっていたところを、急に先に心ありきの「心技体」にシフトすれば、今まで得ていた「やった感」が得られない禁断症状で、換わりに不安と恐怖が襲ってくるのです。すると、再び自分が得するために技を使おうとしたり、自分の都合を通すために力まかせになってしまったりします。それではいつまでも、相手の心を察したり、相手への思いやることができなくなります。
すなわち、技に頼れば、技に自分が使われ、心が失われてしまいます。逆に技に頼らず、心を先立たせれば、技の方から「私を使ってください」と下ってきます。「心技体」の順に働くには、不安や恐怖に向き合い、自分の損得や都合に支配されている心のカベを超える必要があります。

そこでAさんには、こんなことをお伝えさせて頂きました。
「技を使ってはいけないということではありません。心が先立っている状態で、後から自然と引き出される技であればいいということですよ。そして、今感じている恐怖は敵ではなくあなたを導いてくれる味方です。恐怖こそ、最大の恩寵(おんちょう)の前触れ。人は飛躍(ブレイクスルー)しようとするとき、怖いなぁという不安に襲われます。それは、次に進むための昇段試験のようなものです。逃げれば、自己嫌悪に陥って自分のことをもっと嫌になったり、不安な思いと後悔が残って、昇段試験は不合格になるでしょう。不安や恐怖を感じた時こそ、前に進むこと。飛び込んでみたら、きっと『何だ!こんなものかぁ』と思うはずです。昇段試験に合格するかどうかは、能力や才能でも経験値でもなく、飛び込む勇気があるかないかでしょう。なぜ、今そんなに不安や恐怖を感じているのか?その原因は、手ごたえを求めていることにあると思います。手ごたえがないと不安なのは、相手や周りを信頼・信用していないからです。手ごたえを捨てた分だけ恐怖は消え、お客さんのことを信頼でき、お客さんの心がよく見えるようになると思いますよ」

その後、Aさんは、今まで以上にお客さんから愛され、他の販売員にも影響が広がりお店全体が活気づいているとのことでした。

不安や恐怖に向き合い、自分の損得や都合に支配されている心のカベを超えることは、どんな職業であろうとも、どんな方であろうとも、次のさらなる道を歩むためのトビラを開くカギになると思うのです。

 

■敵と思う心が一番の敵

 埼玉県のお米農家・網本欣一さんが今、「稲作革命」をしたとして大変注目されています。網本さんは種籾(たねもみ)の最初から収穫・発送までの八十八工程の全てが完全無農薬で、美味しいお米を育てることに成功されている方です。
網本さんとは2010年10月にご縁をいただき、網本さんの稲作のお話をたくさん教えて頂きました。まさに稲作革命、どのお話しも非常に驚くことばかりでした。

網本さんによると、日本の田んぼには160種類の植物が育っているのだそうです。オーストラリアでは20~30種、アメリカでは50種ほどで、日本はダントツで多品種の植物がひとつの田んぼに育っているのです。(ちなみに虫などの生物は確認できているだけで5000品種だそうです)
その160種の植物のうち、稲作に悪影響を与える「害草」と呼ばれるのはわずか10品種程度。その中でも特に稲作に被害を与えるのが「強害草」と言われる3種類。その中でも稲作の最大の敵なのが『コナギ』といわれる害草です。コナギは稲よりも窒素の吸収能力が高いため、稲が十分な栄養を確保できず、最悪の場合、生育初期の段階で稲が溶けてしまいます。稲作で使われる除草剤は、このコナギ対策のために散布されるといっても過言ではありません。

 網本さんは、全くの素人から稲作の世界に飛び込み、八十八の全行程を無農薬にして、本当に美味しいお米をつくろうとします。しかし周囲からは反対、批判、白い目で見られ、「絶対に不可能!ムリだからやめておけ」と散々に言われます。
網本さんは「絶対にできるはず!」と確信を持って取り組むものの、悪夢のようなひどい結果が待っていました。どこから手をつけていいのかわからない。何をしたらいいのか見えない。そんな真っ暗闇の中の網本さんに追い打ちをかけるように、ある問題が勃発します。
それは、網本さんの田んぼが一面「コナギ畑」になってしまうのです。一株のコナギは受粉すると翌年に1万個の種がつくられます。さらに地中に種が残っていると7年間生き延びて、芽を出し続けると言われています。そのため網本さんの田んぼの周囲の農家からは大ひんしゅくをかいます。
現実的にも精神的にも追い詰められた網本さんをあざ笑うかのように、田んぼにはコナギの紫色のキレイな花が一面に咲くのです。お米ではなくコナギを育てているような田んぼに網本さんは絶望し、自然のチカラの前に自らの無力感と、自然農法の厳しさを痛感します。
しかし、網本さんは諦めませんでした。絶望の淵の中で網本さんは、自分の心と向き合うことにするのです。

「自分が作りたいのは、『ピカピカのお米』だ。では、『ピカピカのお米』って何だろうか?それは、全ての命が全うしているお米だ。確かにコナギだけを対処、駆除することは技術的には可能かもしれない。でも、力技で取り除いたら残りの約150種(プラス5000品種の虫などの生物も含む)の命も失われていくじゃないか。そもそもコナギだって命のひとつ。そのコナギの命を奪ってつくるお米が、果たして自分の目指す『ピカピカのお米』といえるのだろうか?
コナギを敵にして命を奪えば、確かに稲の命を救うことになるかもしれない。でもそれならば、また新たなる次の敵が生まれるかもしれない。僕がコナギを敵にしている心自体が、もしかして一番の敵なのかもしれない。僕の中に何かを敵にしている心があるならば、僕の前に永遠に敵は現れ続けるだろう。コナギを退治するのではなく、敵をつくりだしている自分の悪しき心を退治しよう。
コナギを敵にするのではなく、コナギが命を全うできる道はないのだろうか?そもそもコナギが「害草」と言われているのは、一側面から見た場合のこと。ならば逆から見れば、きっと「疫草」の面もあるに違いない。コナギも含めて田んぼの植物と生物の全ての命が共生する、命が全うされる田んぼをつくってみよう」

 網本さんは、自分の心と向き合った結果、コナギと共に生きる決意をするのです。それから試行錯誤を繰り返し、とうとう稲とコナギが共生する方法を発見します。その方法ならば、コナギは稲の過剰分だけの余分な影響を吸い取り、稲の成長を助けます。そして、今度は稲の栄養が不足する時期になると、コナギは自然に枯れて稲の栄養となるのです。まさに稲とコナギが共生する「命のお米作り」を確立するのです。
こうして7年かけてようやく、八十八工程の全てを無農薬で、さらに田んぼの全部の命が全うする『ピカピカのお米』が完成します。今では、全国から網本さんから米作りを教わりに農家の方が集まってくるそうです。

 自分の心の中に敵をつくれば、力技でなんとかしようとし、大切な何かを犠牲にしてしまいます。敵も見方を変えれば味方になります。敵を味方として受け入れた時、今までにない発想をして新しいアイディアが生まれたり、革新(イノベーション)が起きたりします。それは、正と反が合わさってひとつになり、弁証法でいうところの「アウフヘーベン:止揚(しよう)」が起き、ひとつ上のステージに発展、飛躍、進化することができるのです。
次のさらなる道を歩むために必要なのは、力の強さではなく心の強さであることを、網本さんはお米作りの中で体現してくれたと思います。
では、どんな心を強くすればいいのでしょうか?

 

■経営者が歩む道に必要な2つの心とは?

日本では古来より、ひとつの物事を通じて自己の精神の修練や、真理の追究を体現することを「道」とらえ、その道を極めんとしてきました。道は、武道はもちろんのこと、華道、書道、香道、茶道などに代表されるように、日常生活の中にあります。そして、自ら求めるのであれば、あらゆることを道にすることができます。
それは仕事も同じです。単なる結果を追い求めるビジネスにするのか、道にするのかは、全て自分の心の欲するところで決まります。もし、今の仕事を「道」とするのであれば、経営者が歩む「経営道」とは何でしょうか?

それは、「仕事を通じて自らを磨き、どれだけ天(世の中)にお役立ちできるかに挑むこと」ではないでしょうか。
仕事とは本来「(天に)仕(つか)え奉(たてまつ)る」という意味です。仕え奉るためには、2つの心が必須になります。それが古来より日本人の感覚の中に脈々と流れ続けている「お陰さま」という感謝の念と「させて頂く」という畏敬(いけい)の念です。

「お陰さま」とは「天、大自然、お天道様、天下国家、ご先祖様、皆様、家族…などのたくさんのお陰で、今の自分があります」という意味です。
「させて頂く」とは「天、大自然、お天道様、天下国家、ご先祖様、皆様、家族…のために、私のお役目として天に成り代わってありがたく、させて頂きます」という意味です。

「お陰さま」という感謝の念からは、「慈しみ」の心が生まれます。
「させて頂く」という畏敬の念からは、「慎み」の心が生まれます。

この「慈しみ」と「慎み」の2つの心を先立たせて、どこまで慈しみ深い気持ちでお役目を全うさせていただくことができるか、どれだけ慎み深い気持ちで自分を磨いていけるのか、これこそが経営者が歩む「道」だと思うのです。
至極当然のことはでありますが、この道にはゴールがありません。完成もありません。ただただ自分が目指す所まで、自分が歩むところまでが道となります。
私自身も一人の求(ぐ)道(どう)者(しゃ)として、これからも「慈しみ」と「慎み」を持ってこの経営道を歩み、仕事を通じて自らを磨き、天(世の中)のお役に立つことに挑んで参りたいと思っております。

 

現役歯科医師による歯科医院の為の経営マーケティングクラブ「Doing(ドゥーイング)」
小田真嘉の「魅力経営コラム」2011年1月号より