成長コラム One Point Column

Doing連載魅力経営のヒント

第19回目:リーダーが勝負すべきこと(2011年2月号)
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■リーダーが抱える共通の悩みとは?

 多種多様の業種のたくさんのリーダーと接してきて、共通のある悩みを持っていると感じています。それは、どんな悩みでしょうか?

 数年前、ある大企業の組織構築(チームビルディング)のお手伝いをしていたときのことです。その企業の業績は順調。これから取り組もうとしている新規事業の発展の見込みも高く、従来のサービスの評判も上々で、売上は安定していました。しかし、新規事業をリードする人材が少なく、さらに離職率も高い状況でした。

 そんな状況で、経営陣と主要な部長さんを含めた10数名でミーティングを行っていたときのことです。全員に「今、一番困っていることは何ですか?」と伺いました。すると、新サービス展開のこと、新規顧客の獲得のこと、業務フロー改善のこと、部下育成のことなど、たくさんあがりました。

 次に、「その困ったことになっている、根本の原因は何だと思いますか?」とさらに伺うと…。市場が多様化している。業務フローが不明確である。リーダーが不足している。優秀な人材が確保できない。みなさんの立場からお話してくださいました。

 さらに、「その原因の原因は何でしょうか?」と、全員でグループ・ダイアローグ(集団対話)をしていくと、ある問題に集約していきました。
それは「人が思うように動いてくれない」というものです。

私自身、今までたくさんのリーダーと接して来て、この「人が動かない」という悩みこそ、ほとんどの共通の悩みだと感じています。

この時の参加者の方々には、さらに「では、どうして、その人たちは動かないのでしょうか?」と聞いてみると、夢を持っていない。目標設定があいまい。動いた先のメリットを理解していない。自主性がない。もともと働く気がない。真剣じゃない…、などあがりました。しかし、最後にある幹部の方が、こんな発言をされたのです。

「その人が動かないのは、無能だからだよ。言われなくてもやるのが優秀。言われてやるのは普通。言われてもやらないのは無能なんだよ。だから、動かないのは本人の能力の問題でしょう。」
この発言で、会場の空気が一瞬で凍りつきました。

本当に、その動かない人は、無能だからなのでしょうか?
この方の発言を聞いた瞬間に、私はあることを思い出したのでした。人が動かない本当の理由を…。

 

■ほめて育てる?叱って育てる?

 何年か前に、あるホテルでの食事つきのパーティーに参加した時のことです。たくさんの経営者の中に、作家、タレント、政治家、プロスポーツ選手などのみなさんが参加されていました。私の左前方のテーブルには、あの“燃える闘魂”アントニオ猪木さんがいらっしゃいました。コース料理もいよいよメインのお肉が出始めたとき、あの事件はおきたのでした。

一人の若い男性が猪木さんに近づき、一礼してから何かをお話しされていました。すると、急に猪木さんは立ち上がりジャケットを脱いで、その男性に強烈なビンタを一発。「パーン!」っと乾いた音がパーティー会場に響き渡りました。それと同時に、その男性はまるでアクション映画のように倒れました…。彼はすぐに立ちあがり、ふらつきながら「ありがとうございました!」と深々と頭を下げました。
その光景を見ていた他のパーティー参加者の十数名がすぐに駆けより、テレビでもよく見るあの光景「闘魂ビンタ」が始まったのでした。その中には若い女性スタッフまでビンタされて「キャー、痛い!!!」と泣きながら、喜んで頭を下げていました。

 そんな光景を思い出し、先ほどの「その人が動かないのは、そいつが無能だから」とお話ししていた幹部の方に、このようなお話しさせていただきました。

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アントニオ猪木さんのビンタを受けて、元気になったという人もいます。方や、「元気出せよ」と肩に手を置いて、セクハラと非難される上司もいます。一体、何が違うのでしょうか?

 私自身たくさんのリーダーの方々とお話しを聞かせていただいていますが、みなさん部下を育てようと、必死に努力されています。先日もある部長さんから、部下育成に関して「どう褒めたらいいのか?どう叱ったらいいのか?」と相談されました。話しを聞くと、自腹でコーチング講座に通ったり、高額のマネジメント研修を受けたりして勉強を熱心にされていました。

もちろん、コーチングも素晴らしいノウハウですし、マネジメントスキルも必要だと思っています。しかし、本質的に大事なのは「どうやって褒めるか、どうのように叱るのか」ではなく「誰が褒めるか、誰が叱るか」ということの方が遥かに大きいのではないかと思います。

 「上司は部下の事を知るのに3年かかる。部下は上司を3日で知る」という言葉がありますが、ご経験がたくさんおありかと思いますが、部下から上司はよく見えますよね。どんなに正しいことを正しく伝えても、正しく褒めても叱っても、普段の上司のイメージとセットで自分勝手に解釈するものです。だから、どう受け取るかは、その前にどう思われているのか、99%決まっているのかもしれませんね。

 部下からみて魅力的に感じていたり、感謝や尊敬されていたり、心から信頼関係でつながっていたならば、究極的にはどう褒めても、どう叱ってもいいのではないかとさえ思います。言っても動かない部下は、最初から動きたくないですよね。その上司から言われる限りはね。

先ほどの話しに戻りますが、部下が動かないのは、あなたの元では動きたくないからでしょう。あなたがその人を無能に感じるのは、あなたの元にいるから、その人は無能に見えてしまうのでしょう。もしかしたら、本当は言われなくてもやる優秀な人を、言っても動かないように無能な人に順調にあなたが育成したのかもしれませんね。別なリーダーの元にいたならば、指示命令せずとも、自ら進んで動いたり、周りが驚くような能力を発揮することもあるでしょう。
「なんて無能な部下なんだ」と思っている上司は、部下から見れば、「なんて無能な上司なんだ」と思われているかもしれません。

 無能な部下だと責めるのは、逆に無能な上司だと思われたくない自分がどこかにいらっしゃるからではないでしょうか?
自分の中にいる「無能だと感じる自分」を許せない、客観的にお話を伺って、私はそう感じました。
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 その方は、顔を真っ赤にして震えていましたが、そのミーティングでは話しあうべきことがたくさんあったので、そのまま先に進めることにしました。

 こうしてミーティグが終わった後、その場に参加していたある役員が私の元にやってきて、耳元で一言「さっきの話し、正解!」と言って、笑顔で去って行きました。どうやら周りも、部下が動かないのは、その幹部の方に問題があると感じていたようです。

 リーダーが真のリーダーになるために、解かなければならない“心の暗号”が大きく5つあります。そのひとつの暗号が「勝ち負け」です。「勝ちたい、負けなくない」という強い衝動が、心にカベをつくり、目を曇らせ、直感を見誤らせ、人間関係の歪(ひず)みを生みます。そして、しなくてもいい勝負をし、勝っては優越感に浸り、負けては責任転嫁したり言い訳したりします。

この「勝ち負け」の心のカベを超えようとしたとき、ある恐怖を感じ、引き返してしまうことが多いのです。その恐怖とは何でしょうか?

 

■人に深く関わろうとするときの無意識の衝動

 ベストセラー作家でもある研修講師Bさんの話です。Bさんは、毎年出版を重ね熱烈なファンもたくさんおり、講演と研修依頼が多く、全国を飛び回り活躍されている方です。
そんなBさんから、以前このような相談を受けました。

「ありがたいことに、今は本が売れていて、仕事の依頼も確かにある。でも、ひとりでひたすら頑張ってお金を稼いでいる、自営業者になってしまっている。私が止まったら、収入も完全に止まってしまうのは目に見えているよ。だから自分のコピーをつくって、ビジネスモデルを構築して経済基盤を安定させたいんだけど、どうしたらいいかな?」と。

Bさんの現状やこれまでの経緯を詳しく聞いていくと、自分のノウハウを自分と同じように伝えられる人材を育成しようと、今まで何度も試みたそうです。しかし、ノウハウだけ取られたり、期待を裏切られたり、意見の衝突があったり、全く思うようにいかなかったそうです。そしていつの日か、傷ついていたのでした。

 人と深く関わろうとすると、過去に負った心の傷が痛み出し『このままいくと、めんどくさいことになるな…』と察知して、それ以上、深く関わることを拒否してしまうのだそうです。ときどき、タダでもいいから、どうしても一緒に働きたいという人が現れるそうなのですが、他人の人生を背負い込むのがイヤで、逃げてしまうそうです。頭では、人を育てなければ、と思っている自分がいるにも関わらず。

 なぜ、Bさんは、人と深く関わることを避けてしまうのでしょうか?

その根本的な原因が、「負けたくない」という無意識の衝動です。では、人はどんな時に「負けた」と思うのでしょうか?

それは、自分のみっともない姿を見たときです。自分のみっともない姿を見たとき、人は無意識のうちに「負けた…」と思うのです。そのBさんもそうでした。自分のみっともない姿を、現実につきつけられるぐらいならば、逃げた方がマシだと思っているのです。
人と深く関わるということは、自分の弱さや醜さを直視することに他なりません。それは、自分ひとりならうまくやれる人でも、他人といっしょにチームを組んで、組織となると急にうまくいかなくなる人がいます。もちろん、その逆もあります。たとえば、誰かといっしょにチームでならうまくやれるのに、ひとりでやるのは苦手いう人もいます。

自分が苦手なパターンに直面したときに、人は自分のみっともない姿を見せつけられます。それが「負けたぁ‥」というイメージに結びつくので、無意識のうちに、自動的に、そういった不愉快な事態を予想し、そうなる前に、サッと逃げるのです。もしくは、そこに他人が足を踏みこんでくる前に相手を攻撃するのです。逃げるか、攻撃するか、そのどちらかになります。(ちなみに冒頭の無能だと言った幹部の方は後者のパターンかもしれません)

特にBさんの場合は、先生業、講師業であるため、普段からお客さんから尊敬の眼差しで見られています。常にかっこよくいたいという欲求が大きくなり、人と深く関わることで、自分のみっともない姿を見るかもしれないという恐怖心から、そうなる前に、事前にパッと逃げてきたのでしょう。

Bさんだけではなく、多くのリーダーについても同じことが言えるでしょう。無意識のうちに「負けたくない…」と思っているので、自分のみっともない姿を目の当たりにするのを避けようとします。

世間一般的には、自分の方が成功しているとか、自分の方が偉いとか、自分の方がお金を持っているとか、自分の方が優秀だとか、そういう勝ち負けにこだわって生きているリーダーが多いように感じます。

心の奥深くに潜伏している、勝ちたい、負けたくない、という無意識の声にあやつられたリーダーは、自分のみっともない姿を見たくないという心の衝動から、様々な恐怖に支配されてしまいます。

・仕事で失敗する恐れ
・非難される恐れ
・立場を失う恐れ
・人から嫌われる恐れ
・人から裏切られる恐れ
・努力が報われないかもしれないという恐れ

そもそも、なぜこのような恐怖心が生まれてしまうのでしょうか?
それは、人生における勝ち負けが、成功、お金、才能、規模、評価といった従来のビジネス上の「ものさし」や、古い価値観で決定されているからです。

では、どうすればいいのでしょうか?
それには「勝ち負け」の心の暗号を解き、人生の勝利者を目指すことにあります。

 

■映画「ロッキー」から学ぶ、人生の挑戦者

ボクシング映画の代表作「ロッキー・シリーズ」の最後の作品『ロッキー・ザ・ファイナル~NEVER GIVE UP 自分をあきらめない~』は、一作品目から30年が経った作品で、主役のシルヴェスター・スタローンは当時60歳でした。周囲からの大反対を押し切り、この『ロッキー・ザ・ファイナル』は公開されましたが、前評判とは正反対に、シルヴェスター・スタローンの挑戦する姿に多くの感動を呼びました。
この映画は「人生の勝利とは、何か?」を知るヒントになるでしょう。

主人公のロッキー・バルボアは伝説のヘビー級王者として激闘を繰り広げていた時代から16年の長い年月が過ぎていました。(ストーリー設定上では)55歳となっていたロッキーは、今は亡き妻エイドリアンの名前を冠した小さなイタリアン・レストランを経営していました。

ある日、テレビ番組の企画で、「無敗の王者」と呼ばれる現世界ヘビー級チャンピオンと、16年前の現役時代のロッキーとのバーチャル試合が組まれ、大きな話題となります。コンピューターが分析した試合の結果はロッキーのKO勝利。しかし、ロッキーがたまたま目を留めた番組では「ロッキーは既に過去の人間であり、過大評価されているだけだ」と試合結果に対して痛烈な批判を浴びせていました。それを見たロッキーは、自分の中にボクサーとしての情熱が蘇ってきて、現役復帰を考えます。

そして、最初に息子ロバートにまたボクシングをやろうと思ってる事を打ち明けるシーンがあります。

ロバート「やめて!もういい歳だよ」
ロッキー「歳だからって挑戦をやめることはないだろ?」
ロバート「挑戦したって、世間の笑い者だよ…」
ロッキー「胸を張って挑戦して何がおかしいだ!?」
ロバート「それは、エゴだよ!一体、世間に何を証明したいの?」
ロッキー「…」

ロッキーは55歳を過ぎた自分の挑戦が、自分の価値を世間に認めさせるためだけのエゴなのかどうなのか悩みます。そしてロッキーは、30年ぶりに再会したマリーに心情を吐露します。
「本当に人生の真っ向勝負をしたいのか?それとも、息子の言うようにエゴなのか?古い傷を新しい傷で忘れたいだけなのか…」と。するとマリーはこうロッキーに言います。

「人生に情熱を持てない人はたくさんいるわ。たとえ持っていたとしても、その炎を(心の歳をとらずに、いくつになっても)燃やし続ける人は少ないわ。あなたはその機会を得た。ロッキー、燃やすべきよ!」と。

こうして、ロッキーはプロボクサーとして復帰します。しかし、息子ロバートは、ロッキーをこう責めます。「世間じゃ父さんは笑い者なんだよ。俺まで笑われる。それでいいの? 平気なの!?」涙ながらに訴えるロバートにロッキーはこう語るのです。

「お前は人にバカにされても平気な人間に成り下がった。自分の弱さを俺のせいにした。世の中バラ色じゃない。人生はいつも晴れの日ばかりじゃないんだ。厳しくて辛い所だ。油断したら、どん底から抜け出せなくなる。人生ほど重いパンチはない。だが、どんなに強く打ちのめされても、こらえて前に進み続けるんだ、そうすれば勝てる!自分の価値を信じるなら、パンチを恐れるな!他人を指差して、自分の弱さをそいつのせいにするな!それは卑怯者のする事だ!だが、お前は違う!!自分を信じなきゃ、自分の人生じゃなくなるぞ」と。

 こうして55歳のロッキーは、現役世界ヘビー級チャンピオンに挑むべく、今までにないほどの激しい練習をします。そして、ロッキーは全世界が注目する中、過去最高の壮絶な試合をするのでした。

 ロッキーは試合に勝つ為に戦ったのではなく、完全燃焼し尽くし、自らとの戦いに勝ったのでした。試合の勝ち負けを遥かに超えた、ロッキーの「人生の挑戦者」としての姿に世界中の人たちは心を打たれました。

 

■勝ち負けの先に広がっている世界

リーダーとは、自らの人生と戦い、そして勝ち、人生の勝利者になることを目指す、すべての人たちなのだと思います。
自分の人生に勝つにはどうしたらいいのでしょうか?
それは、勝ち負けの囚(とら)われを超えることです。では、勝ち負けの囚われを超えるとはどういう事でしょうか?
それは「負けたくない」という心。「勝ちたい」という心に打ち勝つということです。では、その2つの心は、どこから生まれているのでしょうか?

それは、「傷つきたくない」という心です。さらに言うならば、さきほどの「自分のみっともない姿を見たくない」という無意識の衝動です。

ロッキーの最後の戦いとは、自分のみっともない姿を超える戦いから始まりました。そして、そこから来る恐怖心に打ち勝ち、人生の勝利者となったのです。

では、ここで一緒に、あなたご自身の勝ち負けの心の暗号に触れてみましょう。一度、自分自身に尋ねてみて下さい。

「あなたは、一体、何に恐れているのか?」と。

自分のことを「あなた」と呼んで、そう尋ねてみてください。そうすることで見えてくるのは、「負けたくない、失いたくない、傷つきたくない」という無意識の衝動です。人生の勝利者になるために必要なのは、傷つかない心です。それは、どうやったら育つのでしょうか?

そのためには、まず、自分の心というものが、無意識のうちに、負けること失うこと、傷つくことから逃げている自分がいるということを知らなければなりません。そして、そもそも、負けること、失うこと、傷つくことが、単なる幻想であって、人生には「負け」というものは存在しない、モノは失ったとしても心は失われない、傷つく自分などというものは存在しない、だから心は傷つきようがない、という真実を悟ることです。

自分の傷ついた過去や、触れられたくないことや、恐れていることを、すべて人前で自己開示しろと言っているのではありません。墓場まで持っていくような、みっともない部分があっても良いのです。
ただ大切なことは、人は「傷ついた(と思っている)部分」と合わせて初めて本当の自分になるのです。

人生は、いつだって、いいなあと思える部分と、いやだなあと思う部分は、ワンセットです。
「ああ、自分は薄汚れたな…、失ってしまった…、傷ついたな…」と思う部分を受け入れたとき、あなたは、素のままの真っ直ぐな素直な自分になります。
「ああ、これは自分らしくないな…」と自分と思いたくない自分を受け入れたとき、あなたは、真の意味での自分らしい自分が目覚めるのです。
犠牲にして失ったと思う部分、自分では無いと思いたい自分を受け入れたとき、あるがままの自分に戻れます。

しかし、それらを自分から切り離そうとしたり、そこから逃げ出そうとしてしまったら、あなたはひとつではなく、分離したつくられた自分が生まれます。それは本当のあなたではなく、幻想上のあなたです。幻想上のあなたには、真の幸福も、真の成功も、真の勝利もありません。
「勝ち負け」の心の暗号を解くには、まず自分の過去との戦いを止めることです。

 

■過去へ復讐するか?未来への糧にするか?

数年前に、あるIT企業の経営者Cさんの相談を乗ったときのことです。その企業は、積極的にM&A(合併と買収)を行い短期間で急成長していました。ところが、離職率が以上に高いのです。有能な人材が次々に入ってくるので、表面上はなんとか持ちこたえていましたが、ウラ側にはある深刻な問題がどんどん大きくなっていました。

Cさんと話す中で、その根本的な原因があることに気づきます。それは、Cさんの働く大きな動機が、過去に自分の元を去って行った人たちを見返してやりたいという衝動が強かったのです。
創業時、右腕だった参謀役のDさんがいました。Dさんは会社のために24時間働き、会社の急成長をなんとか支えていました。しかしある日突然、そのDさんからCさんは「あなたには、もうついていけない」と言われ、今まで我慢してきた数々のことを浴びせられ、Dさんは会社を去っていきました。CさんはDさんに期待していただけに、かなりのショックを受けたそうです。

それから、Dさんが抜けた損失は大きく、仕事の穴を埋めたり、トラブル処理をしたり、新しく採用した人が失敗したりすると、「Dさんがいてくれたら・・・」と何度も思い出しました。しかし、それが次第に大きな怒りへと変わり、「今に見ていろ!ここを去ったことを後悔させてやる!」と思うようになったのでした。
Cさんは、Dさんを許せなかったら、Dさんの心の奴隷のままです。Cさんは人を許せず、人を疑い、人を信じられなくなっていました。つまりCさんは、過去裏切った人への復讐で、目の前にいる人たちと接するわけです。Cさんの心は過去にあるのに、目の前の人の今の心を見ることは不可能です。それではうまくいくわけがありません。
Cさんはなりふり構わず一生懸命頑張り、会社を大きくします。しかし、Cさんの元に集まってくる人たちは、Cさん自身に集まってくるのではなく、急成長している企業に集まってきているだけ。ビジネスチャンス、お金、キャリア、人脈に興味があるだけでした。

自分のことだけを考えているリーダーの元には、自分のことだけを考えている人が集まるものです。そのような状態では、どんなに素晴らしいビジネスモデルを構築しても、ブランディングやマーケティングに成功しても、大切な何かをどんどん失っていくのです。そして、やがて人も離れて行くのです。

 

 一方。以前、ある素晴らしい会社を経営されているEさんに、経営の秘訣を教えて頂いているときです。「人生の転機は何ですか?」という私の質問にこんなことをお話してくださいました。

Eさんは、20代で営業マンとして全国トップとなり、31歳で独立します。そこから4年で会社を軌道に乗せるのです。
そしてある年の年頭のあいさつのときに事件は起きました。当時、Eさんの会社には、スタッフがアルバイトさんを合わせると100名近くいました。倍々に右肩上がりで成長していたので、Eさんは今年もみんな力を合わせて頑張ろうという旨のスピーチをしました。
すると、創業メンバーで同じ年で右腕のFさんが、社長のEさんのスピーチが終わるなりに、その場で立って手を上げ「社長、○○の件はどうなっているのでしょうか?」と業務のことをみんなの前で質問したのです。
Eさんは、「なんで今さらそんなこと。しかもこの場で…」と思いながら答えると、Fさんは「先ほどのスピーチの内容と、やっていることが合ってないじゃないですか!前々から思っていたのですが、社長は言っていることとやっていることがあまりにも違いすぎる!」と怒鳴ったのです。すると、そこにいた100人近くのスタッフが一斉に立ち上がり、社長への不満を大爆発させ、Fさんと同じように社長Eさんに罵声を浴びせました。

 何が起きたのか全く理解できないEさんの元を、右腕だったFさんは、全員を引き連れて会社を去ったのでした。その場に残されたのは、壇上の社長Eさんと、昨年新入社員で入った女の子、そしてアルバイトの年輩の女性の三人だけでした。
実は、社長Eさんの知らない水面下で、Fさんが謀反を起こし、1年かけて計画的に新しい会社を設立し、スタッフを引き抜いたのでした。残った二人は単純に、あまりにも仕事ができなかったために、Fさんが声をかけなかっただけでした。お客さんもほとんども取られ、残ったのは広いオフィスに、使う人のいないオフィス家具、そして仕事のできない女性二人でした。そこから、Eさんは、とりあえず家賃8万円のマンションの一室に引っ越し、ゼロどころか、大きなマイナスを背負った状態で再スタートをしたのでした。

 正直、10年近く謀反を起こしたFさんを恨んだそうです。会社は何とか食いつないだものの、順調なときと比べると、みじめで、辛く、苦しい日々が続きました。
しかしある時に、大先輩の経営者から、「いい経験したな。人の心が分かる経営者になるための通過儀式だったと思うよ。私も昔、スタッフに裏切られた事が何度もあるが、今は彼らに感謝しているよ。今働いてくれているスタッフに、うちで働いてくれてありがとうって心から思う。君も、今はすぐには許せないかもしれないけど、いつかきっと、心から感謝できる日が来るよ。その時には、いい会社になる日も近いだろうね」と教わったそうです。

 その話を聞いた時は反発している自分がいたそうですが、感謝する日が来てほしいという一心で、一生懸命働かれたようです。するとある時、過剰にネガティブになっている自分が笑えてきて、ふっと気持ちが楽になり、次第に去って行ったFさんに感謝の気持ちが芽生えてきたそうです。

 私がお話を伺った当時にはEさんは、スタッフからもお客さんからも信頼され、愛されている会社を経営していました。そんなEさんの人生に転機は、悪夢のような最低で最悪の裏切られた不運の瞬間でした。
確かに心は深く傷ついたでしょう。しかし、そんな自分さえも、自分だと受け入れたときに、傷は気づきに、不運が幸運に、悪魔が天使に、谷底が転機に変わったのです。

 同じように裏切られ、Cさんのように過去への復讐で、世間に自分の価値を証明しようとするリーダーと、Eさんのように過去を受け入れ、それを未来の糧にして、世間に貢献しようとするリーダー。この差が人生の敗者と人生の勝利者の勝敗を分けるのではないでしょうか?

 過去と戦って勝てる人は誰もいません。それよりも未来の自分と握手することです。

 

■未来の自分と共に今を生きる

先日、小学4年生の先生Gさん(40代)の相談に乗ったときのことです。Gさんは教育熱心で、全国どこにでも行って教育セミナーに参加し、すばらしい実践をされている先生のうわさを聞けば、直接教えてもらっていました。さらに、他業種でも人材育成に成功されている方のノウハウをできる限りに取り入れていました。そんなGさんの私への相談内容の発端は、「34名の子供たちがよく育つ教室経営をいかにしていくか?」というものでした。

 Gさんのお話しを詳しく聞いていくと、過去に大変ご苦労をされた方でした。思うような成果につながらず何度も挫折したり、周りから猛烈に反対されたり、悪い噂を流されたり、白い目で見られたり、あからさまに足を引っ張られたり、信じていた人に裏切られたり、そして、結果的に人を傷つけてしまったり・・・。たくさんの困難苦難と絶望の連続にGさんも深く傷ついていました。
そのためGさんは、過去の傷を癒すためのセッションやヒーリングもたくさん受けてきたそうです。しかしやればやるほど、心の愛情のコップはカラカラに乾き、何をしてもいっぱいになることはありませんでした。なぜなら、心のコップの底にある傷から、エネルギーが漏れていたからです。そしていつの間にか、心の愛情のコップをいっぱいにすることが目的になり、時として子供たちを利用としようとしている自分がいたことに気づいたそうです。そんな自分がイヤで何とかしたいとお話ししてくださったGさんに、こんなことをお伝えさせていただきました。

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いろいろことがあって、むしろ良かったですね。今は思い出したくもない辛かったこともたくさんあるでしょうけど、いつの日かきっと、それが“つながる瞬間”がやってくるでしょう。

あの失敗は、これを学ぶためにあったのか。
あの別れは、この人と出会うためだったのか。
失ったのは、これをするためだったのかと。

過去の傷を癒そうと思っても、過去の傷は無限に出てきます。そして、目の前のことがうまくいかないと、その原因を過去に探すようになります。過去のあのせいで…、アレがあったからだ!と。過去を責めても、今の自分がますます傷つくだけです。今を失うだけです。

 過去の自分と戦うのではなく、未来の自分と今を生きてみませんか?

 例えばの話ですが、Gさんが90歳で亡くなったとします。その時には最高の人生を歩んだ、輝く自分がいるとします。これは、理屈抜きに、根拠なく、自分勝手にそういう自分がいるんだと自由に想像してみてください。その90歳の自分は、様々な困難苦難と絶望を乗り越え、多くの人たちのお役に立ち、心から感謝されて、すばらしい日々を過ごされた方です。

そんな未来の自分が、もし、目の前に今現れたならば、今の自分にどんなアドバイスをしてくださると思いますか?

たくさんのアドバイスをしてくださるかもしれませんし、逆に何も言わないかもしれません。でも、きっとこう思っているでしょう。

「大丈夫だよ。信じて進んで」って

自分の人生の幕引きの最後の瞬間に、最高に輝く自分がいるんだって信じるということは、そこに「真っ白な石」を置くようなものです。
すると、過去にどんなに「真っ暗闇な石(不幸経験)」が置かれていようとも、最後には白い石を置くことは決まっているから、オセロのように黒い石も全部、最後には真っ白にひっくり返って、キレイに輝く人生になるわけです。ちなみに誰しもが生まれたときは、真っ白な純粋な石を持って生まれてきますからね。

今やっていることが未来につながると信じて、自分がより幸せに成長すること。今やっていることが人様のお役に立つように最善を尽くすこと。そういう毎日にしていったならば、過去の自分は全面的に今の自分を応援してくれます。そしていつか、必ずどんな「黒い石(不幸経験)」も「白い石(感謝体験)」にひっくり返るんです。
だから、Gさんが今まで経験した辛かったと思っている数々のことは、いつか、いつの日か、「あのおかげで、良かった」と感謝できる体験に変わるはずです。いや、そう過去の全てに感謝している未来の自分が、そこには確かにいるんです。

今、ご縁があって担当している子供たちへの授業も一緒です。
過去を向きながら授業をするのではなく、未来の自分と共に授業をしてみてはいかがでしょうか?
そして、子供たち34名ひとりひとりにも、立派な大人になった未来の子供たちがいます。つまり34名×2=68名と、自分自身と自分の未来の2名で合計70名が、いつも教室にいるんですね。

たくさんの問題トラブルもあるでしょう。うまくいかないこともたくさんあるでしょう。でも、過去から考えて現状の授業をするのではなく、未来の自分は、今の自分にどんなことを語ってほしいのか?どう今を過ごしてほしいのか?何を大切にしたいのか?そして、子供たちの未来の彼ら、彼女たちは、今自分に何を伝えてほしいのか?どうしてほしいのか?そんな未来からのメッセージを受け取りながら、「未来の授業」をされませんか?

これには、根拠や理論も理屈も一切ありません。

どれだけ未来の自分を信じるか、それを感じようとするか?
どれだけ未来の相手を信じるか、それを感じようとするか?
どれだけ未来と共に今を見つめ、信じた未来へ今を変えていくか?

 先生とは、何かを教えるというよりも、未来を信じるということが一番のお仕事のように思えます。信じると言っても、単に期待して、依存して何もしないということではありません。未来を信じるからこそ、ときには厳しいことも言い、ときは全体の意見を押し切り、進まなければならないこともあるでしょう。
輝く素晴らしい未来になるには、今とどう向き合っていけばいいのか?何を変えて、何を変えずに貫くのか、それを未来の自分と未来の子供たちから教わりながら、共に進んでいくということだと思います。

未来は裏切りませんよ。大丈夫です。信じて進んでください。なつかしい未来の自分に出会うその日まで。
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 この話をしているとき、Gさんは未来の自分自身と、34名の未来の子供たちが自分の周りにいるような感じに包まれたそうです。まさにそれが、「勝ち負け」の心の暗号が解かれた、未来と共に生きるという感覚です。

そもそも人には誰しも「自分の神話を紡ぎたい」という最大の無意識の衝動があります。
未来を信じ、未来の自分と、今の目の前の人と、そして、その方の未来の姿と、与えられた仕事や役割を全うしようとしていたなら、ある日、自分が歩んできた過去を振り返ったときに思うはずです。

 「まるで未来から描かれたような、本当によくできたストーリーだなぁ」と。

リーダーの勝負とは、どんな自分神話を紡ぐかということであり、どれほど大切な人たちの神話を紡ぐお手伝いができるのか、ということに尽きるのだと思うのです。

現役歯科医師による歯科医院の為の経営マーケティングクラブ「Doing(ドゥーイング)」
小田真嘉の「魅力経営コラム」2011年2月号より