成長コラム One Point Column

Doing連載魅力経営のヒント

第21回目:3.11以降の新しい世界の幕開け(2011年4月号)
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■今こそ帆を張って、前に進もう!

 このコラムは、2011年3月11日に東日本大震災(以下「3.11」)が起きてから、10日後に書いています。被害を受けた現地の方々に、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。そして、皆様のご無事と一日も早い復興をお祈り申し上げます。
また、これを読んで下さっている頃には、多少なりとも事態が収拾の方向に進でいることを心から願っています。

今回の震災は、地震・津波・原子力発電の三重災害より、2万人以上の尊い命が犠牲となり、避難者は25万を超えて世界最大規模の災害となりました。
日本の歴史史上においても空前の国難であり、国家生命の血液である経済を担う企業は大ダメージを受け、存亡が危ぶまれている企業も日を追うごとに増え続けています。

 そんな中で、私自身は地震発生直後から、経営者やリーダーの方々の相談に乗っていました。

現状をヨットでの航海と例えるならば、今は強烈な向かい風が吹いているような状況です。こんなときに大切なことは、風向きが変わることをただ待つのではなく、帆の張り方を変えることです。
なぜなら、帆の張り方ひとつで、ヨットは向かい風を推進力に変えて、前に進むことができるからです。

では、経営者やリーダーにとって、「帆」とは何でしょうか?

 それは、自分の心の持ち方。心をどこに向けるかということです。
不安な帆を張っていれば、不安の風を受けて、より不安な方向へ流されていくでしょう。
希望の帆を張っていれば、どんな風も希望に変えて、より明るい方向へ運ばれていくでしょう。

 今こそ経営者やリーダーは、心の帆をしっかり張って逆風を受け止め、それを動力に換えて前に進み、同じ船に乗っている仲間たちを守りながら、共に新大陸を目指すことだと思うのです。

 9.11テロの追悼集会で、当時のニューヨーク市長のジュリアーニさんはこんなスピーチをしました。

 「ニューヨークは、元に戻らないという人がいます。確かに、その通りです。なぜなら…。ニューヨークは、もっと良い街になるからです」

 これは日本も一緒です。失われた2万人を超える尊い命や先祖代々守ってきた町、脳裏に焼き付くほどの壮絶な光景、経済的大ダメ―ジやさらなる財政悪化、不便で不安な日々の生活、そして私たち一人一人の人生観(死生観)などは、3.11大震災が起きる以前の元の状態には戻りません。なぜなら、その全ての犠牲や変化のお陰で日本は生まれ変わって、もっと良い国になるからです。そして、私たち自身も生きながらに生まれ変わって、もっと良い人生を歩むことになるからです。

 「もっと良い国」とは、どんな素晴らしい国になっていくのでしょうか?
「もっと良い人生」とは、どんな素晴らしい人生になるのでしょうか?

 

■与え組? それとも奪い組?

3.11以降の世界は変わりました。

人々が一生懸命働いて手にしたお金、思い出の品々、高価なモノ、持ち家、電化製品、家財道具、車などが、見るも無残にも流されてしまうシーンが連日報道され、多くの方々は、大きく2つのどちらかのことを考えたことでしょう。

1つ目は「もし次、今自分の住んでいる所に、あのような地震と津波が襲ってきたら、どうしよう…」と強烈な不安にかき立てられた方々です。
そのような方の中には、モノを失ってしまう恐怖と不安に心を支配され、その不安な気持ちを共有すべく、不確かでネガティブな震災情報を撒き散らしたり、必要以上な買占めに走ったのでしょう。

2つ目は「被災者の無事や被災地の復興のために、自分には何ができるだろうか?」と自問自答された方々です。
そのような方の中には、直接的に地震直後から救援物資を集め、すぐに現地入りした方もいらっしゃいました。また間接的に、節電や義援金などで協力できることをしたり、ひたすら無事と復興を祈っていたり、希望が持てるような明るくて前向きなメッセージを送り続けていた方も多数いらっしゃいました。

年齢も職業も、学歴も年収も、地位や能力の高さも関係なしに、「自分の損得のことばかり考えていた人」と「みんなのために自分の損得を超えて動いた人」の大きく2つのグループに分かれたのではないでしょうか? つまり…

3.11以前は「勝ち組 と 負け組」という対立でしたが
3.11以降は「与え組 と 奪い組」という区分になっていくと思うのです。

3.11以降の世界では「喜んで人に何かを与えて、精神的に豊かになっている人」と「自分の損得のために周りから奪って、物質的に豊かになろうとする人」という二極化が進んでいくでしょう。

以前の「勝ち組」は物質的な外的価値で決まっていました。華々しい仕事の実績や成果を手にしたり、お金やステータスがあるので目立っていましたが、「与え組」はそうとは限りません。
「与え組」は精神的な内的姿勢で決まります。自分だけ利益を得ることにこだわりが薄く、むしろ奉仕や貢献に心がひらかれています。そのため自分が持っているモノや知識情報を共有(シェアー)することに喜びを感じます。

「奪い組」とは、前回の第20回『エネルギーの法則』でお伝えした「エネルギーヴァンパイア(吸血鬼)」のことです。エネルギーヴァンパイアは、自分の利益になるようなことを周りから奪うだけではなく、あらゆる手段で周りの気をひいてエネルギーを吸うようになります。
「奪い組」からは、人(特に与え組の人たち)はどんどん離れていき、奪い組同士で少ない資源(富、モノ、チャンス、エネルギー、愛情、希望…)を奪い合い、ますます激しく戦うことになるでしょう。

「奪い組」の中には、自己中心的な旧・勝ち組という方々も少なくありません。今回の地震直後、あるビジネスで成功している経営者がインターネット上で「こんな時はビジネスチャンスがいっぱいあるから、商人はどんどん儲けられる!」というような発言をし、今まで支持していた人たちも含めて、たくさんの人たちから「あなたの商品は買いたくない!」「たとえ短期的に儲かったとしても、あなたのような会社は近い将来につぶれる」「商人以前に、人として終わってる」などと非難され炎上しました。
これからますます「与える、共有(シェアー)する、貢献する」という利他的な意識が高まり、「奪う、独占する、溜め込む」という利己的な行為に敏感になってくるでしょう。こうして「与え組 と 奪い組」という2つのグループの差はますます開いていきます。
また今まで「勝ち組」から「負け組」に転落することはよくありましたが、「与え組」から「奪い組」に転落することは稀でしょう。なぜなら…

勝ち組は、人の上に立つことを目指しました。
与え組は、人の役に立つことを心がけます。

人の役に立つためには、それだけのスキルや能力も必要ですが、それ以上に遥かに必要なことは、意識の高さだからです。一度上がった意識はそう滅多には落ちません。ゆえに、意識を高めて与え組になった人たちは、ますます与え組になっていきます。

では、意識の高い「与え組」になるためには、どうすればいいのでしょうか?

与え組の土台となる大切なキーワードが2つあります。
それが「安心」と「信用」です。

「与え組」になるためには
1.自分が「安心」していること
2.周りから「信用」されること

これからの3.11以降の新しい世界では「安心」と「信用」が、土地や家やお金やモノ以上の重要な財産になってくるでしょう。

安心した静かな心で生きることです。
信用を得るような働き方をすることです。

 

■自分が「安心」していること

3.11の大震災で、日本中に一気に増えたモノ(エネルギー)があります。
それが、「不安」です。

今後の地震の可能性、放射能汚染、次世代エネルギーの問題、緊急時の食料と水の確保、今後の経済復興と都市計画…、挙げればきりがありません。
確かに対応すべき事態は深刻ですが、それと心が不安に支配されてしまうのは全く別な問題です。

不安は空気感染していきます。もちろんインフルエンザに感染する人としない人がいるように、大量の不安の中にいても、不安に感染しない人もいます。
それは、自分の心をしっかり持っている人です。

心が周りに流されるままならば、不安な光景や文字を目にしたり、不安な情報を聞いたり、不安な人と一緒にいるだけで、より不安になっていきます。すると、心と体がさらなる不安の方に反応してしまい、ますます大きな不安に心が支配されていきます。

不安になると人は、その不安を別な何かで埋め合わせようとして、本来自分がすべきではないことをしようとします。
自分の会社を放置して、ろくに準備もせずに社員を強制的に連れて被災地に向かい、ほとんど何もできずに戻ってきた経営者がいらっしゃったと聞きました。この方は心の底から協力したいという善なる思いから動いたのではなく、むしろボランティア活動をしてきたという自己満足と周りからの評価を得るためだったのでしょう。不安になると、こうして与えられている持ち場と自分の役割を忘れてしまいがちです。

また人は不安だと、周りの不安と同調してニセモノの安心感を得ようとします。確かめもせずに不確かな情報を積極的に取り入れ、「あなたのために、できるだけ早く知らせようと思って」「心配だから…」「○○らしいよ」と善なる仮面をかぶりながら、不安な情報を流して巻き込み、さらに不安を煽ります。こうして一時的に感謝されることで得られるニセモノの安心感を心の拠り所にして、流されるままに不安の中に漂っているのです。

 不安からスタートした言動は、周りに被害をもたらします。
人は、不安になると、呼吸が浅くなり、浅はかな判断をするようになります。

安心からスタートした言動は、周りにも安心を広げます。
人は、安心すると、呼吸が深くなり、深い判断ができるようになります。
また息が長くなるので、人との関係も深くなり、長いお付き合いができるようになります。

 不安に心を支配されたままで生きるのではなく、安心を中心にして生きることです。
安心する環境をつくるための最大のポイントがあります。
それは「深い絆の仲間づくりをすること」です。

「What(何)」をすればいいのか、を考えるほど、不安の溝に落ち込んでいきます。「Who(誰)」と一緒にいればいいのか分かるほど、安心に包まれ、その人のために何をしたらいいのか、自然に分かってきます。
能力や実績があるから、付き合っていたら得するから、などの理由で人を選ぶよりも、一緒にいて安心するかどうかで、誰と共にいるのかを選ぶことです。

与え組には、安心の空気があります。奪い組には、不安の空気があります。
その人と一緒にいるときに、自分の呼吸は浅くなるのか? それとも深くなるのか? 自分の息を意識していましょう。「息」とは「自分の心」です。一緒にいて呼吸が深くなるとき、心は安心のバリアーに包まれているのです。

どうすれば、安心する環境(不安に負けない心&安心を感じる心)をつくれるのか? それは、まず自分自身の心を感じることから始まります。そして

「自分にとって一緒にいて安心する人は、どんな人か?」

 これを自分自身へ問い続けた先に、自然と一緒にいるべき人が見えてくるでしょう。

 

■周りから信用される自分であるために

 「○○は良いらしい」「絶対に○○はダメ」「これから×××になるらしい」など不確で不安を煽るような情報が飛び交う中。情報過多の今、人は信用できる情報、モノ、場所、人を求めます。

 たとえ、いい商品やサービスを提供しても、信用を失えば人は離れていきます。
たとえ、条件や待遇がいい会社でも、経営者やリーダーに信用がなければ、人が辞めていきます。

 経営者、会社、商品、サービス、その人の生き方と働き方が信用できるかどうか? 信用されるかどうか? これからますます「信用」が大切になってくるでしょう。

 信用される自分に成長するには
「相手と未来を根拠なしに信じて、人様のお役に立つ行動すること。もし何か不都合があったら、すぐに工夫改善をすること」に尽きます。

まずは良き未来が待っていると信じて疑わないこと。起きたことは全て素晴らしい未来へつながり、良いとは思えない悲惨な出来事さえも、良いことへの布石なのだと信じることです。過去の積み重ね、延長線上で未来を考えるのではなく、理論理屈や納得を飛ばし、根拠なしにまず先に素晴らしい未来を掲げることです。

その次に、人様のお役に立つことです。人は自分のためだけに頑張ることには限界がありますが、誰かのために頑張るならば、その限界をカンタンに超える苦労をすることができます。

「今、与えられている役割(仕事)を通じて、自分が人様のお役に立てることは何か?」

そう問い続け、目の前の一人一人に心を尽くして接し、目の前の事を一歩一歩改善していくことです。その姿勢の後ろに、信用の道が伸びていきます。信用に必要なのは、心の優しさです。これからの「優秀な人」とは、従来の能力の高い人のことではなく「優しさに秀でる人」のことになるかもしれません。
お金以上に信用が資産になり、信用を得るには能力以上に優しさが必要になってくるでしょう。

 

■優しさに秀でた思いやりの集団

先日、3年半近くお手伝いをさせていただいている、ある企業さんに伺ったときのことです。
そこの女性スタッフA子さんから、あるお話を聞かせて頂きました。

 A子さんは、昨年に偶然に早期の癌が見つかりましたが、初期段階にあったので摘出手術も無事に成功! その後、念のための30日間連続の放射線治療を受けることになりました。

 A子さんは、今回の治療が始まる前に「本当に大丈夫かな?」「毎日通えるかしら」と不安を抱えていました。
放射線治療に通い始めて2、3日たったある日、看護師さんとこんな会話をします。
「A子さんは、好きな歌手はいらっしゃいますか?」
「私、ユーミンが大好きなんです。」と何気なく答えました。

 次の日、病院に行き、放射線治療を受けようと部屋に入ったら、BGMにユーミンの曲が流れていました。A子さんは「あ、ユーミンだ!ちょうどタイミングがよかった。」と思いました。しかし、次の日も、また次の日も、そしてまた次の日も…、ちょうどタイミングよくユーミンがかかっていました。
看護師さんがわざわざ、A子さんのためにかけてくれていたのでした。そのことを看護師さんに聞くと、笑顔でこう答えてくれたそうです。
「毎日ユーミンの曲が続いて大丈夫ですか? ユーミン以外にも、好きな方いらっしゃったら言ってくださいね。」と。
A子さんは、ユーミンが大好きだったので、そのまま続けてくれるように頼みました。

 そうして最初は長いと感じていた30日連続の通院も、あっという間に残り数日になった頃。いつもの看護師さんから「ユーミンで一番好きな曲は何ですか?」と聞かれ、A子さんは迷わずに「卒業写真です」と答えました。

 そして、30日目の最終日。治療室に入ると、ユーミンの曲がいつものように流れていました。治療時間はいつも通り5分。最初の曲が終わり、次の曲が流れると、それは懐かしく、何度も何度も聞いたあの曲。そう「卒業写真」でした。A子さんは治療ベッドに横になって聞きながら、それまでの30日間のことを振り返っていました。優しく接してくれた看護師のみなさん。そして毎日「こっちのことは気にしないで、いってらっしゃい」と快く見送ってくれた社長や会社の仲間たち…。気づけば、頬に涙が伝っていました。

 全ての治療が終わって治療室を出ると、目の前に30日間お世話をしてくださった担当の看護師さんが立っていました。目が合った瞬間に、一気に大粒の涙がボロボロと落ちてきました。A子さんは、思いつく限りの感謝の気持ちを伝えて30日間の治療を終えたのでした。

 治療後、看護師さんと話していると、数年前から上司から押し付けられたわけでもなく、仲間内から自然と「(患者さんの気持ちを楽にしてあげられる)日本一の放射線治療を目指そう」という思いが広がり、日々様々な取り組みをしているとのこと。その中のひとつが患者さんの好きな音楽をかけるというものでした。放射線治療だけでもその病院には1日100名を超える患者さんが来る中で、膨大な量の日常業務に加えて、毎日誰に何をかけるのか話し合っているとのこと。
もちろん音楽だけではなく、患者さんのことを好みや気持ちを知ろうと工夫し、「何が喜んでもらえるのか?」「どうすれば心の痛みを和らげてあげられるかどうか?」「明るく前向きな生活が少しでもできるように、私たちができることは何か?」など、みんなで考えて、喜んで楽しくやっているそうです。
アイディアを出し合うだけではなく、そのために必要なモノは私物を持ち寄ったりするのだそうです。ちなみにBGMに使う音楽は、スタッフが自分の家のCDを持ってくるとのこと。
彼女たちは、今与えられている役割(仕事)を通じて、自分が目の前の患者さんのお役に立てることは何か? 喜んでいただけることは何かないか? 日常業務を心を尽くして全うしたうえで、思いつく限りのことをします。

 A子さんは30日間の治療が苦痛には感じず、むしろ当初思っていたよりも遥かに「治療して本当に良かった」と話しをしてくださいました。
A子さんの会社の社長さんがその話しを聞いて、こんなことを仰っていました。
「精神の未熟な寂しい会社は、スタッフたちが会社のモノを持って帰って自分のモノにする。精神が成熟した思いやり会社は、自分のモノを会社に持ってきてみんなのために使う」と。まさに「奪い組」と「与え組」の違いです。

与えられた環境(持ち場、役割、お役目)で、与えられた資源(モノ、情報、仕組み)を駆使して、与えていくこと。その積み重ねが安心と信用、そして幸せへとつながっていきます。そのような人たちがいる所には、自然と人が集まってくるのです。

 今所属している組織を、優しさに秀でた思いやりの与え組にするには、当然のことながら、まず自分が与える人になることから始まります。

 

■一人の純粋な心が世界を変える

京都に「キッチンガーデン」という八百屋さんがあります。京都美山で愛情いっぱいに育てられた新鮮な野菜を中心に取り扱い、京都の有名料亭や名店がこぞって仕入れ、日本中から野菜を買いに人が集まってきます。
実は、ご主人の安楽さんは、京都でも指折りに高い精神性の持ち主で、密かに「悟りの八百屋」と呼ばれ、日本だけではなく世界中からも、精神世界の教えを請いにわざわざ集まってきています。

 そんな安楽さんに3年ぐらい前からご縁を頂き、以前「世界を変える方法」というお話をしていただいたことがあります。安楽さんいわく「世界を変える秘密は、マヨネーズを作る秘密と一緒だ」と言うのです。

 マヨネーズは「卵」と「油」をひたすらかき混ぜてつくります。水と油を混ぜるようなものなので、そうカンタンには混ざることはありません。そのために、わずかな「酢」を入れますが、それでもやはり手間と時間がかかります。
しかし、そこにあるモノを入れるだけで、一瞬でマヨネーズに変わってしまうのです。何を入れるのでしょうか? 一瞬で変えてしまう正体とは何か?

 それは…、できあがった「マヨネーズ」です。

 混ぜている「卵」、「油」、「酢」に、一滴だけマヨネーズを入れます。
入れた瞬間から全体が変化し始め、一気にマヨネーズに変わるのです。

 安楽さんは、こう仰っていました。
「社会の原理や経済の原則では、大が小を兼ねる。大きいモノが小さいモノを支配する。それが世の中の常識。しかしマヨネーズは、小さい力が大きな力を超える。わずか一滴が全体を変える!これこそが、真実の一滴。世界は一滴で変わる。宇宙も一滴で変わる。もし世界を変えたいのなら、自分がその一滴になること。何も難しくない! とってもシンプル!

家族を愛して大切にすること。
心を込めて目の前の人に尽くすこと。

 純粋な自分で働き、純粋に生きていたら、それだけで周りは変わり、世界も変わるだろう。澄み切ったピュアーな自分でいること。それが世界を変える一滴になる唯一の条件。純粋なあなたがいるだけで、触れる人たちは変わる。そして世界も変わる」と。

今、私たちは新しい世界から、自分の心を純粋にして家族を愛し、目の前の人に心を尽くすことが、求められているように感じてなりません。

 

■3.11以降の新しい世界の幕開け

3.11以降のこれからの世界では「自分にとっての幸せとは、何だろう?」という問いかけが多くされるようになるでしょう。

冒頭でのニューヨーク市長のジュリアーニさんのスピーチの通り。
以前の世界には戻ることはできません。より良くするために前に進むしかありません。世界がより良くなるとは、どういうことでしょうか?

 それは、「幸せ」のバージョンが上がっていくということです。

幸せといってもたくさんの幸せ感があり、見る角度や視点によって変わってきますが、精神の発達段階から見ると、幸せは大きく7段階に分けることができます。

幸せ1.0…健康に生きている幸せ
幸せ2.0…安心できる人に囲まれる幸せ
幸せ3.0…すべきことを成し遂げる幸せ
幸せ4.0…相手と自分の幸せが一致する幸せ
幸せ5.0…揺るぎない使命感に燃える幸せ
幸せ6.0…何をやっていても幸せ
幸せ7.0…幸せを超越する幸せ

幸せ1.0~3.0は、物質的な幸せ(幸せ=満足感)
幸せ4.0~7.0は、精神的な幸せ(幸せ=一体感)

 3.11以前は、「いかに満足をするか?」という幸せ3.0までの流れが強かったように思えます。成功する、不労所得を得る、能力を発揮する、有名になる、モテる、ワクワクする、夢を叶える、好きなことをする…など自分中心の価値基準です。

3.11以降は、「いかにひとつになるか?」という幸せ4.0以上への流れが強くなってくるでしょう。
各人が様々な形で幸せのバージョンアップを迫られているでしょう。その流れを無視もしくは拒否して、自分都合を優先すれば、さらに苦しい状況になるかもしれません。多くを失うのは後退したのではありません。傷ついて立ち止まるのではなく、心身ともに身軽になって前に進むためです。過去にとらわれず、自分都合を超えて、周りの幸せとひとつになれば、流れに乗って思わぬところに運ばれ、「幸せ4.0」以上へとバージョンアップしているでしょう。

そのための第一歩が「人の幸せを祈る幸せ」を感じることです。
人は不安、不信、不幸のままでは、人の幸せは歓迎できません。人の幸せを祈ることもできません。だからこそ、自分が安心して静かな心で、未来を信頼することが土台となります。そのうえで人の幸せを祈っていると、自然に心の奥から幸せがジワーッと広がっていきます。そんな純粋な気持ちで今までよりも心を込めて働き、生活を心から楽しむことです。

スワミ・サッチーダナンダというインドの聖者が書いた『インテグラル・ヨーガ(Integral Yoga)』という本があります。この本は、キリスト教で言うところの聖書のようなヨガの聖典「ヨーガスートラ」を、スワミ・サッチーダナンダが解説した本です。そのなかで一番肝になっている部分があります。

3.11以降のこれからの新しい世界の生き方に、非常に参考になると思いますので、長いですがご紹介します。
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<真に自由である人の意識こそが、離欲(ヴァイラーギャ)(無執着)である>

通常、心は、何かを見聞きすることによって(何かを得たい、何かを成し遂げたい、という)執着を生む。心が外(物質的なモノ)に向かって動き、その欲望を満たすものを(必要以上に)集めるのは、主に眼と耳を通じてである。あなたは、心が何かを見、あるいは聞いて、それにひき寄せられる前に、その対象が自分にとって良いもの(本当に必要なモノ)であるかどうかを、見極める識別の力を持つべきである。心が欲するままに突き進んで、何でも好きなものをつかむべきではない――。
「無執着(離欲(ヴァイラーギャ))」と「無関心」とを取り違えてはならない。ヴァイラーギャとはいう言葉は「色のない」という意味で、欲望によって(色メガネで世界を見て)心が揺れ動いていたらならば、どんなことをやっても長続きはしないし、(真の意味で)絶対に成功もしない。
(中略)
「もし執着がなくなったら、刺激がなくなってしまい、退屈ではないか?」と言う人もいる。そうではない。離欲というのは“私的な欲望がない”という意味なのだ。もし本当に貪欲でありたいならば、他人に奉仕することに貪欲であれ。他人の苦しみを軽減しようとせよ。いったん自分の個人的生(自分だけの利益)に対する執着がなくなってしまえば、あなたは他人に奉仕することができるようになり、そうすることによって、自分自身はより楽しく、限りなく楽しくなる――。
欲望がなくなるなどということがあり得るのだろうか? いや、実際にはそんなことはあり得ない。心というものがそこにある限り、欲望はある。それは矛盾しているように見える。それを解く鍵は、(自分だけが得するような)私的な動機が無い欲望だ。純粋で無私な欲望には、期待というものが全くない。だから、結果がどう出ようとも、失望を知らないからだ。だが、何も期待しないとはいっても、それなりの報酬はある。誰かを幸せにすれば、その人の嬉しそうな顔を見て、自分自身も嬉しい。もしあなたが本当に、ただ与えるためにのみ与えることの喜びを味わったことがあるならば、そのような喜びを何度でも得ようとして、そうした機会を貪欲に持つだろう――。
ほとんどの人は、「何もかも棄てて無私・無欲になると、何の楽しみもなくなってしまうのではないか?」と考えている。それは違う。あなたは最も幸せな人となる。奉仕すればするほど、あなたはより大きな幸せを味わう。そういう人が人生の秘密を知っているのだ。何もかも失うこと、全てを与えることには、大きな喜びがある。物を持っていても、永久に幸せであることはできない。(物だけではなく、地位や実績や自信も)持てば持つほど不幸になる。失う物が何もないから、何も持たないからこそ(あるがままの高貴な)『自己』を持つ。それが(真の意味で自由になる)秘訣なのだ。
(中略)
無執着にはもう一つの側面、つまり利点がある。仕事を完全に行うことができるのは、だいたい執着心がない人である。
私が楽しく(ハッピー)て、みんなもここにいて楽しい(ハッピー)から…、みんなが私を楽しくしてくれて、その私がまたみんなを楽しくする。私たちはただここで、ささやかにハッピータイムを過ごす、それだけのことだ。(真の意味で自由になる)秘密はそれなのだ。一緒にいてみんな楽しい、それだけのこと…。それが離欲(ヴァイラーギャ)の生活なのだ。そこには期待がない。私たちはただ集まって来るだけだ。みんなお金を損するとも思わないし、私は儲かるとも思わない。私たちはみんな、一つの家族のようにここにいる。そして私たちのお金やエネルギーやアイディアをプールする。それ以外に私たちのこの人生に何が必要だろう?

心が私的な利害から自由であるとき、われわれは仕事を十全にすることができ、楽しく感じる。そのときわれわれの人生は意味に満ちたものになる。もしわれわれの心から利己性がなくなり、すべての人々の人生に犠牲的献身が備わったならば、他ならぬこの世が天国となり、平安と至福の住みかとなる。この生にあっては、全てのものが与えている。献身的貢献は、生の掟なのだ。
(中略)
自然のすべて――木々も鳥も動物たちも、全てが他のもののために生きている。なぜ、ロウソクは燃えて溶けていくのか? それは光を与えるためである。なぜ、香は燃えて灰になるのか? それは香りを与えるためである。なぜ、樹木は伸びるのか? それは果実と花を与えるためである…。およそこの世界に、生物・無生物を問わず、自分だけのために生きているものなどあるだろうか? ない。ならば、自然のすべて犠牲だというのに、ひとり人間だけが利己的な生を送ってよいものだろうか? われわれば、与え、与え、かつ与えるために、ここに在る。われわれに与えられて然るべきもの――それは、われわれが思い煩うまでもなく、与えられるべくして与えられるのだ。

「犠牲的献身の人生を送るべきだというならば、私はどうやって食べていけばいいのだ?どうやって衣服を得、住むところを得たらいいのだ?」

 それらのものは、他者に奉仕するための自分自身の備えとして持てばよいのである。あなたにはまた明日の朝も元気で他者への奉仕に出かけられるように、ゆっくり休むためのベッドが要る。他者に奉仕するための十分なエネルギーを得るためには食べねばならない。そのようになにをするときでも、「私は他者に奉仕するために自分自身を整えているのだ」という思いでもってやる。瞑想をするときでも、それは自分だけの平安のためではない。安らかな心で外に出て、十分奉仕できるように、するのだ。他でもないそのことを念じながら、瞑想をする。そうだ、そのときにはヨガの瞑想さえもが無私の行為となる。そしてそれが、神に対してさえ執着するなかれ、の意味なのだ。この離欲(ヴァイラーギャ)すなわち無執着だけが、あなたの全人生を喜びに満ちたものへと変えるに足るのである。

『インテグラル・ヨーガ(めるくまーる刊)』P54~P63より
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まさに、3.11以降のこれからの新しい世界の生き方のヒントになるお話です。

人は与えることで(必要なモノを)得て、与えることで幸せが深まり、与えることで道がひらかれ、与えることで(自らが生まれてきた)目的を果たしていきます。人生で出会う全ての出来事は、さらに与えられる自分に成長するために与えられ、それをまた純粋に与えることで動いていく。人生とは受け取ったモノに心を乗せて、次に与えていく連続の流れです。

「今、自分には何ができるのか?」

ひとりひとりが与えられた環境(持ち場、役割、お役目)で、与えられた資源(モノ、情報、仕組み)を最大限に活かして与え、与え、かつ与え、目の前を良くしていく。それがより良い世の中にしていくということであり、良い人生を歩むということであり、その連続こそが3.11以降の新しい世界をつくっていくのだと思うのです。

現役歯科医師による歯科医院の為の経営マーケティングクラブ「Doing(ドゥーイング)」
小田真嘉の「魅力経営コラム」2011年4月号より